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宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
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「…ルシアス殿、王都に戻られる前に少しお時間を頂きたい!」

四角い顔で鼻息荒く詰め寄ってきたのは、司法省のベンカー長官だった。

「竜の管理について、あなたが不当に圧力を加え国外の第三者に譲り渡していると訴えがありました!その件について」

「事実無根です。戦に伴った竜の管理についてはトビアス陛下から勅許をいただいている。また、国営管理地から時おり報告されている消息不明の竜について、国防に関わることだからと、軍部省の管轄にまわしたのは、トビアス陛下御自身だったと記憶しております。4,5年ほど前ですから、ベンカー殿は、まだ工部省にいらっしゃった頃だと思いますが。」

ベンカーの太い眉が、ググっと寄る。

この御仁、今でこそ爵位もちだが、鍛冶師の家に生まれた元平民だ。実力主義のこの国ではよくある話で、尊敬されることはあっても成り上がりと揶揄されることはない。だが本人は、自分の過去にふれられることを極端に嫌っている。

工部省での長い下積み時代をもちだされたベンカーは、口をひん曲げ漆黒の瞳を怒りと悔しさで燃え上がらせながらも、黙った。

別に彼を言いこめるつもりで口にしたわけではないのだが、ちょっと静かにしていてほしいとは思った。この人は、とにかく声がおおきい。


工部省のアーベル副官が不機嫌そうに顔を顰め、隣りで控える部下を小突き、顎をしゃくる。

人のよさそうなぽっちゃりオジさん官吏が目をまん丸にして、あたふたと周囲を見回した。まわりに口を開く気配がないことを悟った彼の顔が見る間に赤くなり、額にジワリと汗が浮く。ポケットからハンカチをだし、あちこちをせわしなくふきながら、ちらり、ちろりと、こちらをうかがってくる。

「ハ、ハッバスからの技術者の受け入れについて、工部省内でも意見が割れております。トビアス陛下は否定的でしたが、ルシアス様はどう考えておられますか。」

アーベル副官に睨まれ覚悟を決めたのか、一気に言った。

これについての答えは当然決まっている。

「今の段階では、丁重にお断りするつもりです。ただ工業化をすすめることは必要だと思っています。サーシャ公国への留学を公費で支援するなど、製鉄だけに偏らない殖産興業政策が必要でしょう。」

「分かりました。いえ、正直、技術を教わると言っても、どんなふうに場を整えればいいのか不安で。すみません、はい。」

上官のアーベルは何も言わず、わずかに後方に下がった。


「…各地の傭兵団から懸念があがっています。先日もリアンの森のロイド総長から鉱脈や水脈を荒らされたと報告がありました。精霊らの怒りをかえば、我らは生活の基盤を失う。早急に対応していただきたい。」

傭兵団のフィオン・ブラントである。

彼らは、もっともふるい風の民の末裔だ。原初の頃から存在する精霊と契約を交わし、その場を整え、自然の中で暮らす。精霊と絶対の信頼関係で結ばれている彼らは、『精霊石』の採掘や“賜りもの”を流通させることで精霊への畏怖をうみだし、傭兵団をつくり率先して商隊や民の移動を護衛することで精霊との軋轢を回避している。

「聞いている。そなた達の領域を政治的配慮が踏み荒らすことのないよう、善処する。」

すっと頭を下げ、フィオン・ブラントは風兵にまぎれるように後方へと消えた。


眼鏡をくい、とあげた財務省のヒルシュ副官がルシアスを鋭く睨んだ。

「セレナとの関係はどうされるのか、うかがっても?」

船列車運行にともなう水門税率の設定、徴収。貿易にともなう各国との関税交渉その他諸々。外交にともなう影響をもっとも強く受けるのが財務省だ。

 そして頭脳明晰敏腕副官は、毎日毎晩過労死ラインを超える業務を怪しげな薬と精霊の加護で乗り切る生活で、今日も一触即発だ。

「国境の一時封鎖は私も考えていたことです。」

国王相手でも理路整然とやりあう実力官僚は満足そうに口の端をあげた。

「そうでしょうね。今決断しなかったらアホですよ。」

「援軍としておもむいたわが軍の兵士達も、すでに戦場を離れセレナとの国境で待機中。事故車両をセレナ側にひきわたし次第、全員国内に撤退させます。竜は存命しているものすべてをすでに連れ帰り、第三に放牧済みです。」

「結構。」

「…ですが、我が国に害意を持つものがセレナ側の国境からしか出入りしないと、だれが断言できますか?」

ざわめきが広がる。

「私はすべての船列車を各国境で折り返しとし、」

ヒルシュ副官が、すぅ、と目を細めた。片側の頬が痙攣していてコワイ。

「………なんですって?」

「安全が確認されるまで今後しばらく国外便すべてを運休させるべきと考えます。」

腹に力をこめて続きを述べたルシアスの言葉に、ヒルシュ副官が鬼のような形相で反駁した。

「冗談ではありません!!全貿易を止めたら我が国の財政はどうなります?私たちがどれほど苦労して予算を配分しているか、あなたはまるで分っていない。セレナからの返礼金も行方しれず!金勘定ができない王はいりません、即刻退場なさいませ!!」

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