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宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
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挿絵(By みてみん)

王都エレミアスのある段丘面から東大陸最大の落差で流れ落ちる巨大瀑布。

それがトロハの大滝である。

春の兆しをうけ、滝はその見事な水量をとりもどしている。

行きは船内でギリギリまで体を休めていたし、下から見るのは久しぶりだ。

滝の中ほどから滝つぼにかけて、見事な虹が架かっている。

 この滝を上がるには、強度のある船列車と、それを持ちあげ一定の速度で上昇させられる熟練の風使いが必要だ。渦を巻く滝近くの部分から少し離れたところが船の休憩地である。

碇を下ろすいくつかの船列車の一番手前に、ルシアスが王都から乗ってきた船がある。アレンス公爵は、甲板にいた。300人ほどの風兵を左右に従え、こちらを注視している。無表情で、ただ、そこにいる。おそらく事の顛末を見届けるために。何を問われても命じられても応える気はない。一文字に結んだ口元がそう語っていた。


崖下の岸辺。船着き場となっている隘路の終点には、ずらりと並ぶ風兵たち、およそ400。その前に立つのは鎧を着用し武器をかまえた5人の諸侯、そして実務担当者たちだ。

東はずれの森に拠点を多く商業ギルドの若き頭領フィオン・ブラント。

工部省からはアーベル副官とその部下。

司法省のベンカー長官、財務省のヒルシュ副官。

そして…ホフマン伯爵の三男ダニエル??彼は所属する教練場内部の練習試合でも、かなり下のほうの順位だった記憶がある。ディアス伯の無念を晴らすつもりなら吏部省のロッシュ長官あたりのほうが確実だろうに…。

いや、それよりも、竜からおりてコストナー伯爵とランセル子爵を左右に従え仁王立ちしているヘルター公爵である。

貴族院議長に就任したが、元々ヘルター公爵は軍部省の副長官だ。

本気で敵対されれば命すら危うくなるだろう。


ルシアスは、はるか頭上の崖の上にちらりと目をやった。

風の民の一般兵は、竜にのれないかわりに自身の滑空機グライダーで機動力を確保する。

陸と空を制する民。ローイエンが大陸一の武装国家といわれる所以である。

上空には、すでに滑空している風兵がいた。視認できる範囲で約50。

 地上に目を戻す。

上にいるものと合わせ、風兵の数はおよそ700人。

兵士達は各々滑空機を所持し、武器をかまえている。

 船は、使わせてもらえそうにないな。

 さて、それならば崖をのぼるしかない。

滝の左右の崖には、きちんと整備された登攀ルートが存在する。

素早く視線を走らせる。

主要なルートは3つ。

足掛かりとなるボルトや支点となる岩にはすべて風兵が目を光らせていた。

いずれをとっても身を隠せる岩陰はない。

 実はここの断崖を登れる風の民は多い。登れば登るほど貴重な薬草や獣が手に入るからだ。

もちろん乱獲をふせぐため、組合に登録した者が決められた時期に採集している。

 そして当然、国防に携わる者は登攀できることが必須条件であり、ルシアスも軽々と登れていた。けれど右足を失った今、3点で安定した体勢を保つのは難しい。なんとか重心を保ったとして、どうやって上に這い上がるのか。

 となれば、道はひとつ。


 登るのではなく、風兵の誰かの滑空機を拝借し、飛ぶ。


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