表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
40/61

37

突き刺さる無数の鋭い視線。

針葉樹の森の中にみちてゆく獣の息遣い。


“笛将軍”の、ご登場だな。


焦ることなく流れにまかせる。



針葉樹の森は次第に人の気配を感じる林にかわっていく。

木立の間隔が疎らになり、周囲をとりかこむ獣の正体がはっきりと視認できるようになった。

100頭を超える灰色狼。それを率いるのは金狼スコル銀狼ハティ

笛将軍ことヘルター公爵に忠誠を誓う天つ風の化身である。

狼たちに押しだされるかたちで、ルシアスの乗った竜は、ついに平原に出た。

 本来、山間部とアレンス領の間には強い障壁がはられており、検問もなくこんな風に通過することはできない。中央平原の西に広い領土をもつアレンス領に()()()()()ことになる。


左奥からこちらにむかって滔々と流れるのは、船列車の行路であるトラヴィス河。

隣国セレナまでつうじる大河の川幅はずいぶん狭くなり、ここからそう遠くない巨大瀑布の影響を受けて非常に速い流れをみせている。

そして平原の先には、連綿とつづく切りたった段丘崖。

その崖の手前に屹立するのは、およそ900mという比較的こぶりな高さながら存在感をしめす岩山。ギザギザの稜線をもつ特徴的な山で、深い碧にしずむトラヴィス河と一体化して巨大な竜のようにみえることから、“竜の背”という愛称で親しまれていた。

そう。どこか剣呑な名をもつのに、この山は民に親しまれている。

岩山によって寒風がさえぎられ、降雪が少ない穏やかな冬をむかえられるからだ。

だからこのあたりでは酪農と高原野菜の生産が主要産業となっている。

 そしてもう一つ忘れてはならないのが、貴族や有力者が個人所有している竜をあずかる第一放牧地が、この地におかれていること。湧水と大小の湖、そして温泉が点在するアレンス領の一部を国が借りているのだ。竜の管理は軍部省に属する厩務員がおこなっているが、放牧されているのはいずれも国防を支える竜ばかり。

 放牧地は、領主が選び抜いた精鋭の兵士たちで昼夜をとわず警備されている。その功労ゆえに、アレンス領主は公爵位を賜っているのだ。そして今この地をおさめているのが、近衛副隊長のアーサー・アレンスである。


アオーーーーーン

オオーーーーーン


金狼スコル銀狼ハティが止まり、鼻づらを天へむけて吼える。

その間も灰色狼たちは赤い目を光らせてルシアスを“竜の背”へと追い立てていく。

これだけ切迫した状況でも竜が棹立ちになったり、あらぬ方向に走ったりしないのは、やはりこの竜が豪胆だからだ。

ジルベスター男爵は本当に良い竜を貸してくれたと思う。


竜が一蹴りするごとに、トラヴィス河とそれを囲む段丘崖がぐんぐんと近くに押し迫ってくる。

それとともに、波うつような独特の轟きも、どんどん大きくなっていった。

岩山の真下に達する。河はゆるく右側にカーブしながら岩山の後ろに続いている。

背後には睨みをきかせる狼たち。すぐ左横は、流れのはやい河。


この先にはアレンス近衛副隊長が全権を握る船が停泊し、ヘルター公爵を筆頭とする面々が待ち構えているはずだ。

 竜が3頭も並べばいっぱいになってしまう右岸の隘路を、手綱と竜笛で落ち着かせながらすすんでいく。

“竜の背”にそって右へ。

あたりを揺るがす轟音で一帯が鳴動しはじめる。


はるか頭上からふりそそぐ大瀑布がついに姿をあらわした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ