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宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
38/61

35(R-15)

Rー15になります。

たぶん15で、大丈夫なはず(^-^;)

「…この私に『継承』してみるか?」

「『継承の儀』を、今から、ですか…?でも、あの、もうずいぶん夜も更けましたし、それに足のお怪我が…」

…心配するところはそこでいいのか。否、日中にすると思っているあたり、やはり分かっていないのだろうな。

「試してみるか?」

 好戦的な光を瞳に宿し、ルシアスが片眉をはねあげる。髪紐をひきぬき、華奢な腕をひいた。黄蜜の髪が舞う。膝の上にたおれこんできたアリシアの身体を強く抱きよせ、その華奢な首筋に右手をかける。

「…っ!」

「この程度の怪我…男の行動の妨げになると本気で思っているのか。」

 彼は指に力をこめることなく、静かに言った。

「今、こわいと思ったのだろう?身体は正直だ。そなただって本当は、まだ、死にたくないのだよ。」

 悔し気に頬をそめて、きゅっと唇をかむアリシアの鳶色の瞳をじっと見つめ、彼は続けた。

「今ここで『継承の儀』をおこなえば、次の託宣で次代の娘が選出される。」

 はっと、アリシアが目を見開く。

「日が昇れば、そなたは精霊の声がきこえぬ無力な娘だ。だがそなたは、自由をえる。万が一うけついだ力を私が制御できなかったなら、龍王さまに美味しく食べられて、おしまい。ゆえに何の心配もいらぬ。」

あの御方は、そなたのもつ力を食べたくて仕方ないのだからね。

悪戯っぽく笑う。

ああ、本当に。交わったことで執着が強まるのはすでに恋情を自覚している自分のほうだろう。彼女は水の加護の継承手段としてしかとらえていないから、きっと一度の契りで情に溺れるようなことはなかろうな。

 だから、自戒する。伴侶として信頼を得られぬその時は、後見人に徹しよう。それが彼女から精霊の加護を奪う者の責任だ。

「いずれにせよ、そなたは先ほど生殺与奪の権を私に預けた。だから、何をされても文句は言えぬはずだが。私が拷問や殺戮、猟奇的な凌辱を好む男でなくて良かったな。」

「っ」

 息をつめて反射的にびくっと体を縮めたアリシアの耳元で、静かに諭す。

「二度と安易に命や体を差しだしたりするなよ。…さて、すこし、昔の話をしようか。」

ルシアスは寝物語を聞かせるようなゆったりとした口調で、セレナの王宮で幼いアリシアを紹介された時の記憶を語りはじめた。

「お父上に抱かれたそなたは、まだ、3歳だった。ふわふわの金の髪が印象的で、天使みたいだったな」

そう。口は達者だったが、"彼女"は幼児だったのだ。

賢く、王族としての自覚がつよく、それゆえ早くから自分の心を押し込めてしまうことも多かっただろう。

 武人らしいルシアスの無骨な指先が、ひどく優しくアリシアの頬から鎖骨、肩口をつたう。

 アリシアは、くすぐられているようなこそばゆさを持て余し、思わず首をふった。

「そのあと何かの会合の折に会ったエングランド王の顔がひどく沈んでいてな。どうなされたのか、とたずねた。」

 かすかな反駁を軽くいなしながら、ルシアスは腕の中のアリシアを見下ろした。

「事情があって娘にしばらくあえない。苦しい、と。…時期的に考えてそなたが見習いになった頃だろうな。」

アリシアは、ふい、と遠くに視線をそらす。

「そなたも寂しかっただろうが、ご両親だってつらかったはずだ。」

ルシアスの声が深くなる。まるであの高原の歌の時のように。

すいよせられるようにルシアスの顔をみてしまい、後悔した。

「…許してあげなさい」

金の瞳に、とらわれる。

くらりと頭の芯に酩酊感を感じ、ぞくり、と肌が泡だった。

「姫。戦勝祈願祭の舞、見事だった。けれど、やはりそなたには…奉祝の宴が…明るい表情が、似合う」

時おりルシアスの爪がわき腹や、背のくぼみをかすめると思っていたら、いつのまにか、衣のむすびが解かれていた。

「…っ」

咎めるような眼差しでアリシアに睨まれたルシアスは、口の端をもちあげて妖艶に微笑する。

「そんな顔をされても、もう、あともどりはできないのだよ、姫?」

前をかけあわせようとした指先に仕置きをするように、口づけをおとす。

 アリシアの指先から、身体から、力がぬけていく。ゆるゆるとルシアスの胸元にくずれおちながら、彼女は小さく震える呼気をはきだした。

「……なん、で…」

こくん、と息をのみ、すがるように見あげてきたアリシアの不安をのみこむように深く口づける。呼吸の合間に彼は、ゆるり、と吐息をはく。

「…私だって、つらいんだぞ」

足が痛むからではない。

「はやすぎるんだよ」

本当はこんな形でなく、きちんと思いをつたえて、彼女の心を得てから契りたかったのに。

…せめて。

「姫…。ルシアス、と、よんでくれないか。」

浅からぬ仲になるのだから。

役職名でなく、名前で。

「ほら。よんでご覧。…こわくなくなるから。」

「ルシ、アス、さま。」

「…うん。」

ああ。兄やスファル以外のだれかに真名をよばれたのは、何年ぶりだろう。

細い腕が、ためらいがちに背中に回されたのに気づき、静かな高揚感を感じた。

心のままに、アリシアの年若い身体に身をよせる。

気力がみなぎり、体の隅々までじんわりとあたたかい。

他の男になどやるものか。激情のままにこのまま一気に彼女を貫いてしまいたい。

…いや、それでは駄目だ。

深呼吸をして浅ましい劣情を抑え込み、彼は優しく囁く。

「姫―…」

逃げられぬように。

「姫…。」

忘れられぬように。

「おいで。」

再び自分を欲するように。声で、縛る。

ルシアスは自分の首にアリシアの腕を導いてやった。

「しがらみも、王女の肩書も、いちど全部、おろしてしまいなさい。」

ルシアスの広い肩口に顔をうずめ、アリシアは熱い息をはく。

何かを言われるたび、ふわふわ浮遊するような気がして、心もとない。

言葉の輪郭は、ぼんやりと滲み、ルシアスの発した響きだけが深く、深く、アリシアの魂にからみついてゆく。

「―…ルシアス、さまに。」

喘ぐように彼女は言葉をおしだした。

「…うん?」

「残せるものが、すこしでもあって、良かった、です。」

アリシアの声に耳をかたむけていたルシアスは、眉をよせる。

(遺言めいたことを言うでない)

咎めるようにその首筋に吸いつく。

ぴりりとした痛みは焼けつくような熱さにかわり、嵐のように体内を乱す。アリシアはたまらず喉をそらせた。

「…んぅっ……」

掠れ声が弾ける。

ルシアスは、たたみかけた。

「よいか、姫…アリシア。私がその力、その命、ともにひきうけよう。だから、ただびととなっても、つよく生きぬくのだよ。私の隣りでセレナのゆくすえを見届けると約束しなさい」

「…は、い…、」

金の瞳の強さにおされるように、潤む声で、懸命に応える。

「良い子だ。」

ルシアスはふたたび口づけながら、アリシアの奥をさぐり、おいつめていく。

指先に力をこめ、アリシアがぎゅぅっとしがみついてきた。

「ルシアス、さま―…。」

無自覚なまま、こちらを煽る、その仕草。

鷹のように気高いルシアスの金の双眸に、こらえきれない情欲の熱が、ゆれた。

アリシアの身体をきつく抱きしめる。

「大丈夫、たぶんもう、痛くはない。ほんの少し、くるしいだけだ―…。」



***


ふと鳥のさえずりをきいた気がして、アリシアは目をあけた。

明り取りからさしこむ縹色の光が、横をむいて寝ている自分の姿をぼんやりと照らしている。

肺に入ってくる空気はつめたいのに、身体は暖かい。

自分のものではない呼吸音がすぐ近くで規則正しく響いている。

そぉっと顔だけ動かして後ろを確認する。

穏やかな表情で風の国の次期王が深く眠っていた。

山小屋の朝は寒い。たぶん本当に眠る前に追加してくれたのだろう。

外套の上からさらに大きな羊毛の毛布がかけられ、しかも彼の左半身にくるまれている。


しだいに覚醒してゆく中で気づく。いつも遠く近くよびかけてくる水の呼び声が、きこえない。

ひどく曖昧なまますぎていった時間が、急に現実のものとして意識される。

身体のむきをゆっくりとかえ、その胸に頬をうずめる。

ぬくもりが優しすぎて苦しくなる。


…けっきょく彼に甘えてしまった。

彼女の目からころん、と涙がおちた。


樹海のなかで、彼と離れると、不安になることを知った。

彼が右足を失った日、この人が死ぬかもしれないという事実に、体の芯が凍った。

彼を愛し始めていると分かったから、はなれようとしたのに。

手をふりはらえないまま、彼に継承してしまった。

彼の人生と命を縛ってしまった。

このぬくもりを失うのも、このぬくもりを捨てるのも嫌だと思いはじめている自分の心を、どうすればよいのだろう。

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