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宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
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「アルフォンス殿。…実はこの子は行儀見習いのためにバーナー公爵家から預かっている娘なのです。もし本気でこの子との交際をのぞむなら、しかるべき使者をたて、再度申し込みをしてくださいと、ご子息にお伝えください。」

「公爵殿のご縁者でしたか。不肖の息子に代わり、数々のご無礼を、深く深くお詫び申し上げます。」

 ジルベスター男爵に謝罪の言葉とともに頭を下げられ、首をふる。

「彼女の素性を伝えていなかった私の落ち度です。」

ルシアスは、苦い表情で言った。不甲斐ない己への怒りが胸に爆ぜる。ケヴィンの女性への執着は知っていたのに、配慮が不足していた。アリシアを軽んじたケヴィンへの苛立ちより、自己嫌悪のほうが大きい。

「貴重なご助言、ありがとうございました。今宵はこのままお暇させて頂きたく存じます。アルフォンス殿やバーナー公爵家にご迷惑をかけたくありませんゆえ。」

 両ひざに手をのせ居ずまいを正し、ルシアスは辞去の挨拶をした。

「あい分かり申した。正面玄関には息子に近しい護衛兵も多いので、裏へまわりましょう。……こちらへ。」

 なるほど。つまり下男か護衛兵の誰かがアリシアをともなっていることを報告したのだ。

 だから話題の侍女を見に、帰ってきたにちがいない。


 ジルベール男爵自らの案内で、使用人が出入りする裏門にでる。

 アルフォンス付きの老執事が、いかにも健脚そうな若い竜をひいて密やかに合流してきた。双子岩からの遠征で疲れていた先ほどの竜と交換してくれたのだ。鞍は、きちんとルシアスが王都から持ってきたものをすえてくれている。

「ありがとうございます。特注品の鞍なので助かります。」

「先ほどのお詫びでございます。」

深々と腰をおった執事が毛皮の外套と羊毛のケープ、アリシアには温石まで渡してくれた。

ありがたく、厚意に甘えることにする。


 今度はアリシアを先に鞍上にのせる。その後ろに身体をすべりこませ鞍のひもに身体と右足を固定したルシアスは、外套でアリシアをふわりと包みこんだ。

 迷いないその仕草を下から見あげていた男爵は、かすかに目を見張ったあと、穏やかに微笑んだ。

「…“ルシアス様”。ご自分のお気持ちに素直になられることです。自信をお持ちなさい。守りたいもののために力を欲する者は、よき王になれる。」

「……。」

 答えに窮するルシアスに、男爵が紙袋を差しだす。

「先ほどの夕食の残りです。こちらのほうが安全でしょう。お持ちください。」

 ルシアスは、ほんのりと温かいその包みを受け取り、アリシアに持たせた。

「感謝いたします。…それでは」

「ご武運を。」

 ジルベスター男爵と固い握手をかわしたルシアスは、竜首を王都へ定める。

 夜陰に旅立つその背中を見送り、男爵は執事とともに屋敷へと戻っていった。



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