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宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
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「もう一人、おられたのですか。」

 竜小屋にいた男爵家の下男が、目を丸くする。

 ルシアスは微笑んだ。

「ああ。私づきの侍女だよ。視察先がちょっと血なまぐさかったので、少し気分を悪くしてしまって。…もう、大丈夫だな。」

 アリシアが恐縮しながら言った。

「はい、宰相様。ご迷惑をおかけいたしました。」

「以前教えた通り、きちんとご挨拶するのだよ。」

 宰相としての顔で立ち居振る舞いに気をつけるよう言い含めながら、家令の案内で男爵の待つ食堂へと歩む。屋敷の床や壁は丁寧に磨かれ飴色の優しい光沢をおびている。調度はどれも実用的でありながら優美だ。

「ルシアス殿。よくぞ生きて戻られました。」

 真っ白な髪を丁寧になでつけ、ぴしりとアイロンのあたった衣を着こなすアルフォンス・ジルベスター男爵には、スファルとはまた違う風格がある。

 大賢者という言葉がしっくりくる、そういう人物である。

 男爵と対面するのは、セレナに発つ直前の貴族院会議以来。じつに1年ぶりだ。

「アルフォンス殿も、かわらずお元気そうでなによりです。今、義足をつくってもらっています。慣れるまでは杖と…身の回りのことは、彼女に手伝ってもらいながら。」

やや緊張した面持ちで、アリシアは最近教わった風の国の挨拶カーテシーをとる。所作が洗練されているとは言い難いが、ルシアスが満足そうに頷いてくれたので、なんとか間違えずにできたらしい。

 ジルベスター男爵が微笑んだ。

「お怪我の事は聞いております。お気をおとされているのでは、と思っておりましたが、お顔の色も良いようで、安心いたしました。命があれば、なんとかなるものです。武が足りぬなら、芸を磨いて補うまで。かく言う私も古希をむかえ体は衰えておりますが、風のあつかいに関しては、まだまだ若いものには負けません。」

 さすが、年長者の言葉には重みがある。

「さあ、お座りください。夕食にしましょう。」

「ありがたく頂戴します。」

 案内された食堂の暖炉の火はあたたかく繊細だった。

 ルシアスの動作を補佐するという名目で、アリシアも同じ卓上についている。

 壁側のおくまった席で、物理的にも会話の流れもルシアスが盾になってくれているためアリシアは、ほっとしていた。

 話題の中心はルシアスが各国で見聞きした事柄についてである。

 比較的かるい話題が多いのは、アリシアが同席しているからだろう。

 食後、居間に場所を変えデザートと年代物のお酒が用意されたところで、ルシアスは、個人的な意見をうかがいたい、と慎重に切りだした。

 国境の一時封鎖は全会一致で議決されたから、当然ジルベスター男爵も同意している。


「国境封鎖について、アルフォンス殿はどう思われますか。」


 アリシアは居間の暖炉前におかれたソファで男爵から借りた伝奇物語を読んでいる。

ルシアスと男爵は今は満天の星空がみえるガラス張りのサンルームにストーブとランタンをおき、将棋盤をはさんで静かに向き合っていた。


 ぱちん、と駒をおきながら、アルフォンス・ジルベスターは頷いた。

「封鎖は妥当と思います。しかし、同盟破棄まで踏みこむのは、時期尚早でしょうな。」

「私も、利点と影響を慎重に吟味する必要があると思います。破棄ではなく協力内容の変更でもよいと思うのです。」

「左様。ハッバスばかりに目がいきがちですが、クルドは当然のこと、カシューナも案外曲者ですぞ。おそらく、この機に乗じて利権を拡大しようと各国が動きだすでしょう。商取引には、多くの利権が絡んでおります。後ろ盾となる国や諸侯に中途半端な遠慮や忖度をすると、のちの火種になります。国防という大義名分があるのです。1年でも、10年でも、納得のいく結論がでるまで、周辺諸国とのやり取りを一度すべて止める覚悟で臨むべきです。」

「すべて、ですか?…それほど長くは議会をおさえておけないでしょう。」

 ローイエンの議会は貴族院と下院の二院からなる。

 双方に要望書を提案する権利が与えられており、両院の4分の3以上の賛成を得た決議のみが、国王の裁可を得たうえで実行にうつされる。今は国王不在なので元老院が決裁を代行する。

 今回は船列車の爆破事故という衝撃があったから、全会一致などという異例の決議となったが、貴族も、平民の有力者で構成される下院も、一枚板ではない。

「抑えるのですよ、全力で。先だっての事故調査も、竜の件も、まだ途中なのでしょう?…勿論、わざと泳がせて秘密裏に調べ上げ、じっくり追いつめる方法もございますが。それもそれで大変ですぞ?」

 嬉々としてそれを行う老臣スファルを思い浮かべ、ルシアスは苦い顔をする。

 今の自分に、あそこまで老獪で緻密な諜報戦ができるとは思えない。

「レアス鉱山も問題ですな。情勢不安で、『精霊石』の価格は高騰しています。サーシャ公国が出張ってくる前に、そろそろ『境界史』を呼んだ方がよいかもしれません。」

 穏やかで聡い老臣の意見に耳をかたむけながら戦況の見通しや今後の外交交渉についてルシアスは考えをまとめていく。






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