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「父も喜びます。着くのは夜になるでしょう。よければ泊まって行ってください。」
「まぁ、あまり長居してもご迷惑になるだろうから…。」
当たりさわりのない話をしながら、周囲に気を配る。
放蕩三昧で少々阿呆な彼らを利用して周囲が何かを画策しているということは十分に考えられる。ケヴィンの実父ジルベスター男爵は、貴族院のなかでも穏健派で、ルシアスにも好意的だが、ホフマン伯爵とヴァルザー侯爵は今回の不信任決議に署名している。そもそもどうして自分たちと一緒にダニエルとトーマスがついてくるのか訝しく思っていたが、元々夕方から三人で繁華街へ繰りだすつもりだったらしい。
それを聞いて、ほっとした。男爵邸に到着して竜を下りれば、嫌でも侍女をつれていることが分かる。彼らの素行を考えれば、アリシアとの接触はなるべく避けたいところだ。
一行は船列車の航路である大河をはずれ、中央平原の北部に向かう街道をすすんでいた。
先ほどから何度かスファルに連絡を試みているが、取り込み中なのか、何度呼びかけても応答はない。とりあえず行けるところまで行くしかないだろう。
大河は双子岩をこえたあと、東西に蛇行をくり返しながら北へとむかう。王都は国の北西部にあるので、陸路でまっすぐに北に進んだほうが距離的には近い。
それなのに、なぜみんな船を使うのか。理由はふたつある。
一つめは中央平原は風の民の居住地域でいくつもの貴族の所領を横断することになるから。水路にかかる橋もそれぞれの領主が架けたものであるし、街道のあちこちに関所があり部外者が易々と立ち入れるものではない。
二つめは、王都がもっとも標高の高い河岸段丘面にあること。水路をつかうなら、トロハの大滝を遡ればよい。けれどそれ以外で王都にいくならば、険しい段丘崖を登攀するしかない。山越えをして王都に至る道もあるが、大きく迂回をすることになるし、まだ雪の残るこの時期に入るなら冬山登山の装備がいる。
…まあ、とりあえず少しは時が稼げるし周囲の立場や出方を判断する材料もふえるだろう。
自分に体重を預けひっそりと目を閉じているアリシアの背を外套の上からぽんぽんと、あやすようにたたく。
三人がつるんでいることから分かるとおり、ヴァルザー侯爵領、ホフマン伯爵領、ジルベスター男爵領は隣り合っている。領主の息子が同道していることもあり、一行は特にトラブルに巻き込まれることもなくジルベスター男爵領に入った。
男爵の本邸の入り口に立つ守衛にルシアスの来訪を知らせ、3人の青年は予定どおり夜の街へと出かけて行ったのだった。




