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本当に、わたしは、どうかしている。
アリシアは、木の椀からじんわりとつたわってくる温もりに動揺していた。
なぜ、彼に、すがってしまったのか。離れなければならないのに。
この人に気遣ってもらう時間の心地よさに、こうして甘えてしまう。
「どうした?…ああ、毒見か。どれ、かしてごらん。」
先ほどの自分のふるまいを思い返し煩悶していたアリシアは、汁物の入った椀が手のなかから消えたのに気づき固まった。
「…え、…え?」
椀の中身をひとくち含み何かを確かめたあと、ルシアスがうん、と頷いた。
「美味い。キジ鍋だ。滋養がつく。食べなさい」
すぽん、と手の中に椀をもどされ、まばたく。
毒見って…もし本当に毒が入っていたら、宰相様が。
顔色を悪くしたアリシアの考えがわかったのだろう。自分の分を食べ始めたルシアスがニヤリ、と笑った。
「私は生半可な毒では死なないよ。スファルに苛め抜かれたからな。…そういえば本当にスファルはどうしているんだ…?」
ルシアスはふぅっと吐息を風にのせ、親衛隊長に思念をおくる。
『魂鎮めは終わりました。トビアス様は見つかりましたか。……ヴィル殿とアーシャをめぐって争ったという話になっていて困惑しています。』
『いまだ捜索中です。…女っ気のなかったあなたが龍王陛下の御前で年若い娘の肩を抱きながら大鷲の承認をうけたのですよ。
それは噂になるでしょう。自分でまいた種です。私は知りません。』
届いた返事は、多忙なスファルらしく、素っ気ないものだった。
椀をすすりながら待っていたルシアスは参ったな、と眉を下げた。
空になった椀を配膳係に渡した二人は、人気の少ない木陰につないでいた竜のもとにもどる。
槍を支えに危なげなく竜にまたがったルシアスはアリシアを見下ろし手を差しだした。
「上がってこられるか。」
こくりと頷くアリシアの手をひいてやれば、ルシアスの右足にぶつからないように、そぅっと登ってくる。今回の鞍は一人用だから少し狭い。遠慮して竜の首筋のほうにちょこんと乗るアリシアに苦笑する。
「もう痛みはほとんどないんだ。大丈夫だからもう少しこっちにおいで。」
いまだに顔色の悪いアリシアを支えてやりながら、この状態の彼女にできれば野営はさせたくない、と思う。




