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宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
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「…ッくぅ」

 発熱で遠のいていた意識が、傷の痛みで一気に現実にひきもどされる。

目をあけたルシアスは、傍らにアリシアがいることに、ほっとした。

「…姫。」

「気がつかれたのですね!もう、目を覚まさなかったら、どうしよう、と、わたし…」

 すがりついてくるアリシアの金の髪をなで、詫びる。

「心細い思いをさせた。すまぬ」

「宰相様。ローイエンにもセレナにも、あなたを頼みに生きる多くの民がいます、ですから」

「大丈夫だ。切断したのは膝から下だけだし、処置も早かった。」

 宥めるようにその華奢な背をなで、そしてはたと気づく。

「…ところで龍王さまは」

「どこかに飛んでいかれました。あの、いずれは、王様になられるのですよね。おめでとうございます。」

「……まだ、内定だ。」

 ルシアスは片腕で目元を覆い、気だるげに言った。

「あまり嬉しそうではありませんね。」

「ああ…こんなことを言うと叱られそうだが、生きるためにとりあえず、というところだな。正直なところ国王として要人と歓談するより、実務であちこち駆けまわっているほうが性にあっているんだ。」

アリシアは是とも否とも言わず、錠剤をつまんでルシアスの目前にかかげた。量もあるし、大きい。

「お医者様からお薬がでています。痛み止めだけでも飲めそうですか?」

「…うん。」

 アリシアが、手際よく枕やクッションを使いルシアスの上半身をおこしてくれた。彼女はさらに寝台の脇のテーブルの上から水差しをとり玻璃のグラスに中身をそそぐ。そしてからかうような眼差しで「お薬、砕きましょうか。」と言われ、ルシアスは苦笑した。顔をしかめたのを見られていたらしい。

「…いや。このままで、いい。」

他愛もないやり取りに、心が騒いだ。

隙を見ては果敢に山に入り込み国境を侵すクルド共和国の兵を押しもどすため、若い時から何度も戦場にたってきた。それなりの深手を負ったこともある。体には一生きえない刀傷や矢傷が今でもかなり残っている。

相手の命を奪う覚悟で死力をつくしてのぞまねば、国益など守れない。実際、小競り合いでは済まない衝突もあり、ハッバス帝国と戦う、もうずっと前から、すでに自分は何百人も殺してきた。だから、自分も孤独の中で敵の刃に貫かれて死ぬのだと、わかっている。

それでもこうして誰かに傍にいてもらえることが嬉しいと思ってしまう。

それが、自分の支えとなる言葉をくれた“君”なら、なおさら…。

自戒、安堵、悲哀、苦悩。

アリシアに手伝ってもらいながらグラスに口をつけ、処方された薬とともにそれらをまとめて飲み込む。

「…?」

彼は喉をつたいおちるものがほんのり甘いことに気づき、目を見開いた。

後味はすっきりしている。首をかしげた彼に、アリシアが微笑んだ。

「眉間の皺がすこしとれました。ずっと苦い表情をされていらっしゃるのですもの。…水は万物の根源。私たち水の民が浄めた水は『若水』とよばれ、回復や治癒をはやめます。少しは楽になりましたか…?」

「…ありがとう…。もうないはずなのに、右足先で心臓が動いているかのようで…これは、けっこう辛いな。」

じっとりと脂汗をにじませながら、ルシアスが自嘲気味につぶやく。

痛みを逃がすように意識して深く息をすうルシアスの青白い横顔を見つめながら、アリシアは、聞きたかったことをたずねた。

「…宰相様。私は取り調べのために拘束されるのではなかったのですか。」

 ふ、とルシアスは口の端をあげる。

「ちょっと我が国もゴタゴタしていて兄上も忙しいから、先にヴォロス高原の地鎮めを行う。私も次期国王に内定して裁量権が大きくなったから、今度は王宮からかんたんに動けなくなるだろう。その前に行ってしまいたい。―…約束どおり、しっかり働いてもらうぞ。」

母と妹の死に向きあわなくては。アリシアは緊張にふるえる指先を握りこみ、頷く。

「…承知しました。」

「セレナ人でなければ、争論にはならん。だが、そなたには祖国をすてさせるようなことになって、すまないと思っている。今後、我が国が安定すれば、ふたたびセレナに援軍をおくることもできよう。…今は、こらえてくれ。」

「元々、あの事故で、死んでいたはずの身です。」

労わりにみちた金の眼差しをそれ以上見ていられなくて、わたしは目をふせた。

こんなわたしを慮ってくれる優しさが嬉しくて、これ以上ちかくにいたら、このひとまで傷つけそうで恐ろしい。

「感謝しかありません。母と幼い妹、そして水の国の民を弔う機会をわたしに与えて下さったのですから。」



透明な声だった。

自責にみちたその響きがやるせなくて、ルシアスは金の瞳を翳らせた。

憂いをふりきるように早急にやらねばならぬ事をいくつか思い浮かべはじめたルシアスだったが、痛み止めが効き始めると同時にやって来た眠気にのみこまれ、結局それから3日もの間、眠り続けたのだった。

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