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「ルシアス様。」
王宮の正殿広場で龍王より『大鷲』認定の公式宣言を受けたルシアスのもとへ、スファルがまっすぐにやってきた。
ルシアスに肩をかしていたアリシアは、むかってくる老人の表情の険しさに、ごくり、と唾をのみこむ。
「あ、あの。あの方は、どなたですか…」
「…ああ。近衛隊長だ」
「おめでとうございます。」
ルシアスの足元で跪拝したスファルが、ふ、と眉をひそめ、「……すぐに医官を手配いたしましょう。」と言った。
敏い老臣は、下半身に毛布をまとうルシアスを見て、彼の右足の異変を感じ取ったのだ。
「スファル…バーナー公爵。トビアス殿の捜索と、ディアス伯爵らの捕縛を。」
「承りましょう。」
ルシアスの気力も、限界に近づいていた。
だが、これだけは伝えておかねばならない。
「それともう一つ。」
「はい?」
立ちあがったスファルに、ルシアスはアリシアの肩を抱きよせ、油汗をうかべながら決然と告げる。
「この娘を正式に保護する。…名前は『アーシャ』だ。身寄りのない娘ゆえ、そなたの一族の誰かと、養子縁組の手続きをしてほしい。」
「え?」
びっくりしたのはアリシアである。
だが動揺する彼女の様子に頓着することなくどんどん会話は続いていく。
スファルの顔は厳しい。
「…我が家で面倒を見ろと?」
ルシアスは首をふった。
「いや。形式上でよい。公爵一族の出として、私のそばにおく。」
「…ほぉ?…まあ、そういうことなら。」
スファルがはじめてアリシアを真正面からみた。
向けられる褐色の双眸の鋭さに、身体がこわばる。
「ルシアスを頼みます。…私はやることがありますので、これで。」
気おされて何も言えないうちにスファルはきびきびとした動きで部下を伴って行ってしまった。
数拍おいてから慌ててその後ろ姿にお辞儀をしたアリシアは、真横からかかる重みが急激にふえたことに気づき瞠目する。
ルシアスが意識を失いかけていた。
「王宮の医務室に搬送します。」
上官の命をうけたと思われる近衛兵が二人、近衛隊長の一団と入れ替わるように足早に近づいてくる。
担架にのせられるルシアスに寄りそいながら、アリシアは唇を噛んだ。
養子縁組って…。わたし、長くいるわけじゃ、ないのに。
「…弔わねば。」
うっすらと目を開け、ルシアスが掠れた声で言った。その青白い顔に、心臓がぎゅっと縮む。
「…っ。」
胸元で握りしめていた右手をもっていかれた。
束縛というより、すがるように絡んでくるルシアスの指。彼の手のあまりの冷たさに、思わず両手で握りかえす。
「宰相様。」
「今日から、私付きの行儀見習いだ。逃げるなよ。」
懇願するような口調。
「わかりました。わかりましたから……」
はやくいつもの力強いあなたに戻ってください。
ルシアスはかすかに微笑み、血のめぐりが乱れているからであろう、そのまま、気を失ってしまった。
すとん、と力のぬけた彼の手から片手をはなし、ルシアスの乱れた銀の髪をそっと整える。
(この人が、元気になるまで…。この人が目を覚ましたら、お母さまたちの弔いをして、そうして精霊にわたしの力を捧げよう。)
「あなたも来ますか。」
近衛兵に問われ、アリシア…『アーシャ』は静かに頷いた。




