18
がくん、と四肢が重苦しくなる。ルシアスは低く唸った。
精霊にひとつ命令をくだすだけで、この体たらく。
帝国軍との戦続きで体の奥深くまで疲弊がたまっているのを自覚し、暗澹たる気持ちになる。
呼吸を整えながら槍をにぎりなおすルシアスにまとわりつき、『竜輝』が、低くささやいた。
―…風の宰よ。風の足を今の状態で使えば、大きな代償を負うことになるぞ。
ルシアスは眉をよせた。
おそらく足が、使い物にならなくなる。
それでも、ここで負ければアリシア姫も自分も明日はない。
「『竜輝』よ、わが足となれ!」
ルシアスは決然と命じた。
「是…」
すでに汚れがめだつ長衣をはためかせ、彼は槍の刃先に体重をのせて一気に相手の間合いへ飛びこんだ。
「螺旋剣!」
「盾!!」
ヴィルが蒼白な顔で半身をひねった。
「ぐうっ」
技術力に裏づけされた俊敏な突きが、ヴィルの左肩を深く貫く。
「…こんの、野郎っ!わが指先に集え、風撃っ」
ヴィルが荒々しく手首をふる。
鋼鉄の腕輪につけられた風鈴棒がジャン!と鳴った。
凶悪な風の渦が槍ごとルシアスを吹き飛ばす。
鮮血が散った。
「おらァっ!風剣、風剣、風剣っっっ」
見開いた両目を憎悪でギラつかせ、ヴィルが叫んだ。
「跳べ!!」
荒い息のなかで『竜輝』に助力を請い、「くぅっ…」ルシアスは激痛に顔を歪めた。
―…宰よ。あと一回の跳躍が限界だ。
クウー
『緋燕』がふわり、とルシアスの肩にのり、鋭い風刃の猛攻から主を守るために両翼を広げる。
乱発される風の刃が狂ったように交錯し、『緋燕』の張った結界とぶつかって竜巻がおきる。
「『綺羅』、押さえつけろ!」
ニタリと道化師が笑い、飛燕につかみかかった。
赤い羽根が舞う。
「もどれ『緋燕』!!」
ルシアスは瞠目して声をはりあげた。風が大気にとけ、空へ駆けあがる。
「オらァっ!」
守りを解いたその隙を逃すはずはないヴィルが、斧を叩き込んでくる。
地面に刃先を突きさし踏んばっていたルシアスは、やむなく槍で応戦した。
斧の衝撃に槍が競りまけ、ルシアスが堪えきれず左膝をつく。
ヴィルが勝利を確信したように哄笑した。
「風撃!」
足元にまとわりつくようにして主を守っている白虎が鼻に皺をよせ、咆哮した。
風の刃がルシアスを切り刻むことはなかった。
しかし風圧で斧と槍の均衡が崩れる。
バランスを崩し斜めに投げだされたルシアスの右足に、ヴィルの斧が叩き落された。
「死にぞこないの老いぼれはとっととあの世へいけ!」
「ぐァぅっ」
折れていた骨がすりつぶされさらに細かく砕ける激痛に、ルシアスは悶絶した。
「死ね!」
――宰相様っ!!!
龍王が、ちっ、と舌打ちする。
「…馬鹿が。」
果たしてそれはどちらにむけた言葉か。




