17
ヴィルの膂力は強い。最初の頃は両手剣で競いあいに参加していたのだが、生来の短気な性格により生まれる隙を年長者に突かれるのを嫌い、最近は斧を愛用していた。
ヴィルは半笑いをうかべながら気まぐれに斧をふりまわす。持久戦にもちこみ、ルシアスの槍と体力にヒビをいれたいのだ。
斧と槍。若さと体力にみちた青年と、怪我人。
それでもルシアスの金の瞳には、泥仕合を覚悟したしぶとさがある。
40をむかえるルシアスのほうが実戦経験は圧倒的に豊富だ。
ヴィルの打ちこみをうけながし、隙をみて突く。
何度かよい攻めが入る。極限まで集中して洞察力を高める。だが決定打が、たりない。
そんな攻防が5分、10分と続く。
龍王が低い声で嗤った。
「何をグズグズしているのやら。…おもしろい。下手をすれば両方、死ぬということもありえるか。」
心臓の縮む思いで見守るアリシアに、龍王がささやきかける。
「かつての風の宰の、通り名を知っているか?…『風神』というのさ。
向かいあう相手の動きの先を制し、舞を踊るが如く、美しく殺す。
それが、今や、でくの坊のようにつっ立っている事しかできず、あの様だ。
惨めよのぉ…いっそ戦場で潔く散っていたほうがよっぽど楽だったろうに」
陽だまりで機嫌よく喉をならす猫のような含み声で、龍王は残酷に指摘する。
戦いの渦中にいるルシアスも、自らの力の衰えを自覚し、歯噛みしていた。
自分の武器は槍。近接戦にならなければ勝機はある、と思っていたが、右足が自由につかえないことで身体のバランスがくずれ軸がぶれる。
やはり、眷属を呼ぶしかないか。
「『緋燕』『竜輝』…」
よびかけにこたえ、彼の左右にうねりをおびた風穴がふたつ現れた。
風は凝り、緋色の羽毛を持つ美しき鳥と白い虎の姿になる。白虎が『竜輝』赤い鳥が『緋燕』だ。
精霊を顕現させること、そして命じることは、非常に気力、生命力を使う。
ルシアスのこめかみから、つぅ、と汗が流れた。
「こんのっ!」
ヴィルが顔を歪め、猛然と斧をくりだす。骨もすりつぶしてやる、というような狂気じみた攻撃だ。激しいうちあいが続く。ルシアスも相手を弾きとばす勢いで押しもどし、地面を転がり、すんでのところで躱す。
体勢をたてなおしたところでルシアスは息を飲み、もう一度転がった。
怒涛の勢いで風の刃が降りそそいでくる。
「『緋燕』っ」
「承知…」
赤い鳥が大きく羽ばたく。風圧でヴィルの攻撃が霧散した。
「ちィっ」
ヴィルが大きく背後に跳びのき、二人の距離が広がった。




