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宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
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「!」

 がっちりとした体格の青年があらわれたところだった。ディアス伯爵家の嫡男ヴィル。前回の競いあいの覇者である。

「これはこれは。どなたの貧相な竜かと思ったら、宰相殿でしたか。このような所で会うとは奇遇ですね。」

 糸目を三日月形にしてヴィルが笑う。

やはりヴィルも龍王の許しを得るためにまっすぐこちらへ向かっていたのだ。

競いあいの勝者である「大鷲アクイラ」の称号を得ても、本当に即位するためには龍王の最終審判を通過しなければならない。

 情勢の変化や本人の意思の転換で、別の候補者が急遽建てられることは案外おおい。

ここは、『龍王の間』自らの信じる国の姿を語り、王座への決意を示す場所。


 ルシアスは、ヴィルの背後に従う華やかな金の鎖帷子を身につけた竜に目をやったあと、静かに言った。

「ヴィル殿。竜は大広間までです。お父上から聞いていませんか。それにご自分がのってきた竜を御覧なさい。血で穢れた水と草を食べさせましたね。心の臓に影がみえる。おそらく、もう、回復はのぞめますまい」

「戦場に竜をつれていったあんたに、偉そうに言われる筋合いはない!」

かっと頬を朱にそめ、ヴィルが吼えた。

 ヴィルは背後の竜の鞍に結わえてあった巨大な両刃の斧を無造作につかみあげ、

準備運動でもするかのごとく利き手一本で、ぶん、ぶん、と回転させた。

「ヴィル殿。貴殿の父上は、セレナへの援軍派遣に強固に反対しておられた。貴方もおなじ意見であられるのか」

「当然だ。日和見な精霊などより、武器をつくる技術を高めたほうがよほど国のためになる。」

「疲れきった竜たちの帰る場所を、風の民自ら壊そうとしているのですぞ。それがどれほど愚かなことか…」

ヴィルを静かな口調で諭すルシアスをねめつけ、焦れたようにヴィルが叫んだ。 

大鷲アクイラは俺だ!俺の決定こそが、国の意思。」

「静まれ!」

龍王が、一喝する。

「我は宰相の立候補を受理する。相容れぬ不毛な議論は時間の無駄。『大鷲』の称号をかけ、さあ、戦え!“最後まで生き残った者”が、勝者だ。改めていうまでもないが、竜に騎乗することはできない。始めよ!!」

 アリシアは耳を疑った。

それでは、怪我をしているルシアスが圧倒的に不利ではないか。

「宰……うっ」

 思わずその背に声をかけようとして、声なき悲鳴をあげる。

龍王が左の前足で彼女をおさえつけたまま、ずずず、とゆっくりその場にうずくまってくるではないか!

 窒息しないギリギリのラインまで圧迫され、喘ぐ。

「怪我をしていようといまいと、関係ない。決まりは決まりだ。今回はただの競いあいではなく、王座をかけた最後の審判。後見人が死なぬよう、せいぜい必死で祈っていろ。」

ああ、念のために言っておくが、これは風の国の競いあい。風の精霊以外の存在が干渉した場合は即失格とする。

「大人しくしておれよ、娘。」

 場の中央。

糸目に凶悪な闘志を燃やし、ヴィルが腰をやや落とした姿勢でルシアスをねめつけている。

「来い『綺羅』!」

 高圧的な口調で呼ばわった。

 ヴィルの周囲につむじ風がわきおこる。風は凝り、小狡そうな表情を浮かべた道化師の姿に変化した。

 ルシアスもゆっくりと身構える。

ヴィルが、ズシンと斧をふりおろした。やや力任せという感もあるが、強い。

 「参る!」

ルシアスもグレイヴを突き出す。

ヴィルが、かっ、と目を見開き叫んだ。

「わが身を包め、シールド!」

「…ほどけ!!(フェアヴェーエン)

 ルシアスが四肢に力をこめ、裂ぱくの気合を放つ。

風の障壁を貫いたルシアスの槍とヴィルの斧がガキンと鈍い音をたてぶつかり合った。


カロカロカロ、クゥクゥクゥ―


二人のうむ激しい衝撃が大気を軋ませ、空にぬけていった。




「…始まったな。おい娘、お前には見えなんだろうが、あいつらの風が飛びかっている。細切れになりたくなければ、我の腹の下でじっとしていることだ」

息苦しさをかかえながら場の中央に目を凝らす。

ルシアスの銀の髪が、ゆらいでいる。

わたしにも見える。

彼のまわりに淡い陽炎のような風の渦がみえた。綺麗だ。



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