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ポケットティッシュ

作者: 姫月紋
掲載日:2009/06/11

「お願いしまーす」


可愛らしい声がして、僕は思わず足を止めた。


寒空の下、あんな格好でアルバイトとは大変だなぁ……。


と言うたいして面白みもない感想を抱きつつも、無料のティッシュはありがたいと受け取りに向かう。


「お願いしまーす」


受け取る瞬間、彼女と目があった。


「ありがとうございまーす」


視線で人が殺せるか。


その問いは、絶対的にイエスだ。


なぜならその日、僕は彼女に殺されたのだから――。




こんな寒い日に外に出るのは億劫だ。


買い溜めのおかげで冷蔵庫もいっぱいだし、仕事も休み。


ならば、わざわざ出かける理由などない。


けれど、僕は震える身体に鞭打って町に出かけた。


目的はひとつ。


彼女に会うためだ。




「お願いしまーす」


ポケットティッシュをもらう。


「ありがとうございまーす」


今日も、もらう。


「お願いしまーす」


たまには微笑みかけてみる。


「ありがとうございまーす」




もらう。もらう。もらう……。


やがて、うちにあるポケットティッシュが小さな段ボール箱いっぱいくらいになったころ、


僕はたまたまいつもよりも遅い時間に彼女の元に訪れた。


そして初めて、彼女の口から「お願いしまーす」でも「ありがとうございまーす」でもない言葉を聞いたのだ。


「あ、こんにちは」


「こんにちは」


手にはポケットティッシュを持っていない。


既に今日の分のノルマは終えてしまったのだろう。


「あの、いつももらってくれてますよね?」


「え……? あ、はい」


彼女に顔を覚えられていたことに少し驚きつつも、確かに日課のようにここに来ていれば覚えられもするか、と思い直した。


「すみません。今日はもう無いんです」


眉を下げて、そう言う彼女を見ながら僕の口は自然に動いた。


「………………じゃあ、代わりに君をもらえませんか?」


言ってから激しく後悔した。


何を気持ち悪いことを口走っているんだろう。


予想通り、彼女はぽかんと口を開けたままこちらを凝視しているではないか。


僕は恥ずかしさのあまり、その場を立ち去ろうと翻す。


「あ、待ってください!」


そんな僕の背に彼女の声が降りかかる。


「ポケットティッシュと違ってタダではすみませんけど……良いですか?」


「え?」


僕はその言葉に反射的に振り返る。


寒さのせいか、それとももっと別の何かのせいか、頬を赤くした彼女がそこにいて、僕は思わずにやけてしまった。


「タダより高いものはない、と言いますし」


「その上、売れ残りで、さらに割引もしていませんが」


「どうしても欲しいものなので、返品をするつもりもありません」


僕らは同時に笑い、お互いに見つめあった。


「それでは……こほん」


彼女はわざとらしく咳払いをし、ティッシュを配るように自らの腕をこちらに伸ばして例のフレーズを発する。


「お願いしまーす」


僕ははにかみながら彼女の手をとった。


「ありがとうございまーす」


そして、そのまま彼女の手をそっとポケットの中に入れたのだった。




了。

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― 新着の感想 ―
[一言] いいですね、すっきりと話がまとまっていて良かったです。 まあ、彼女の意識が彼にあったという点は唐突ですけども、この際全く問題ないです。 おそらく、締めの部分がやりたかったポイントだったのでし…
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