46話 アズリア、生命の炎を纏う
「……ぐうぅぅッ?があああああああッッッ‼︎」
胸元の血文字に魔力を通し発動させていくと、アタシの身体の所々から火を噴き出しながら蠍魔人へと向き直る。
もちろん、身体のあちこちから噴き出る火に生身の身体が耐え切れる筈もなく、髪先はチリチリと焼け焦げていき、肌は部分部分で火傷を起こしている。
実は一度、この「ken」の発動の仕方はシルバニア王国に滞在していた時に知り合った「師匠」と呼ぶべき存在の大樹の精霊ドリアードとの精霊界での修行の時、偶然見つけた術式だ。
その時は全身大火傷を負い、治癒魔法を施してくれた師匠には「二度とその発動は試すな」とめちゃくちゃ叱られはしたが。
ごめん……約束破っちまったね、師匠。
「な、何だと?自分の身を焼きながら、それでも身体から魔力を宿す炎を噴き上げる人間だと?そんな人間、いや……アズリアと言ったな、貴様……本当に人間なのか?」
目の前の蠍魔人がアタシを見て驚愕し焦りの見える表情を隠すことも忘れ、炎を纏った大剣を構えるアタシへの迎撃体勢を何とか取るが。
噴き出す炎を推進力に変え、さらに「wunjo」の筋力増強を限界以上に発動している今のアタシの踏み込みの速度を、蠍魔人は完全に見誤っていたのだ。
「う、うおオッ!……ど、どこへ消えたあっっ⁉︎」
蠍魔人の視界が完全にアタシが見失う。
焦りの色を濃くした蠍魔人は、対象を感知しようと視線を様々な方向に飛ばしたが、忌むべき敵を発見することは出来ず。
──次の瞬間。
「ぐ、がああぁぁぁぁぁぁぁああッッッッッ⁉︎」
凄まじい速度のままで、蠍魔人の視界の届かぬ背中に回り込んだアタシは。
背後を取った状態から炎を纏わせた大剣を、自分の身体に推進力を持たせたのと同じ方法で噴き出す炎の勢いそのままに。アタシを探して見せた一瞬の隙を突いて、背中から突き刺していったのだ。
「かはぁ……ば、馬鹿なぁ……ま、魔法障壁を持つ……この我の外殻を、一度ならず二度までも……貴様ぁ……に、人間か、が、があアァァァァァァ⁉︎」
背後からの渾身の一突きは蠍魔人の堅甲な外殻を砕き。大剣を握るアタシの手には内側の肉に刃が届き、骨を断つ感触が伝わってくる。
「……お、終わり、だよ、コピ……オスぅッッ‼︎」
アタシは最後の、本当に最後の腕に残った力を搾り切り、蠍魔人の体内深くに突き刺さる大剣を握っていた手首をグリッと回すと。
「き、きさ……貴様ああ……が、が、がひゅ⁉︎」
激痛、そして身体をバラバラにされたような衝撃が蠍魔人の全身を走ったのだろう。一度大きく身体を震わせ。
大剣を背中から胸板を貫通させた魔族の長は、白眼を剥き、口からは血の泡を吹き出しながら、砂埃を盛大に舞い上げて地に倒れ伏していった。
そこに立っていたのは……もはや炎ではなく黒煙を身体のあちこちから上がり、魔力を微塵も残していない女戦士の抜け殻のようなモノだった。
「……な、何とか……時間切れまでに……やれた……か……なぁ……が、はッッッ」
その言葉を最後に口からも黒煙を発したかと思うと、そのまま糸が切れた操り人形のようにアタシはその場に崩れ落ちていった。
最早、僅かばかり生命を繋いでいるような状態で、意識が途切れそうになったアタシの視界に入ったのは。
アタシと同じく、戦場に倒れている王やベルローゼ、そしてハティに駆け寄っていく治癒魔法の使える救護隊の人間らの姿に混じって。
城壁から、今にも泣きそうな顔をしながら一直線にアタシへと駆け寄ってくるユメリアだった。
「あ、アズリア様ああああっっっ!」
ユメリアは倒れているアタシに必死に治癒魔法を発動し続けながら、自分たちのためとは言え、自らの生命を投げ棄てるように戦いに挑んでいった女戦士に感謝と同時に。
生命を捨てるように単騎で魔族の長に挑んだアタシの態度への怒り、そしてユメリア自身が支えになれなかった不甲斐なさで涙を流し続けていた。
「……な、何故なんですかアズリア様……ッ……あなたはどうして、6年前もこうして身体がボロボロになるまで関係ない私たち部族のために……どうして……」
すると。
先程まで意識もなく全身の火傷で死んだような状態だったアズリアの指が動き、目を開けたのだった。
「……そりゃあ……さ……ユメリアたちが……大好きだから……決まってる……だ……ろ?」
「あ……ああ……アズリア様ぁ……ご無事で……」
「いや……全然無事じゃ……ないけど……ね」
一度この術式を試して大火傷をしたが、今回はその比ではなく酷いコトになっているのは起き上がったばかりでまだ回らない頭でも理解出来ている。
何しろ痛みを通り越して身体が冷たく、腕を動かそうとしても身体が言うことを聞かないのは初めてだったから。
「ユメリア様!王や白薔薇公、ハティ様は皆息があります!生きてます!」
三人の元へ駆け寄った治癒術師が、まだ三人は生存していた事実を教えてくれた。
……よかった。
「死んだ」と思ってたのはアタシの早とちりであってくれて。まあ……戦闘の最中だったから悠長に確認している余裕がなかったとはいえ、地面を溶かすような毒を注入されたら勘違いくらいはすると思うよ、うん。
だが、死んでなかったのはあの三人だけではなかった。
大剣が突き刺さったまま倒れていた蠍魔人が再び動き出し、苦痛に満ちた雄叫びをあげながら、それでも立ち上がったのだ。
「グオオオォォォォォ‼︎……わ、我は倒れるわけにはいかんのだァァァ!10年以上にも渡る魔族の悲願、それを我の失策で水泡に帰すような真似はアァァァァァッッ‼︎」
そのまま勢いに任せて振るった蠍魔人の両拳が、咄嗟にアタシを庇ったユメリアに直撃し、彼女は遙か後方に吹っ飛ばされてしまった。
攻撃には反応出来てはいたのだが、ユメリアの前に立とうと脚を動かそうとは試みたが、やはり身体が動かない。
かろうじて動く顔の筋肉で悔しさのあまり歯軋りをしながら、アタシは立ち上がった蠍魔人を睨みつける。
「残念だったな女戦士よ!貴様の一撃には驚愕を隠せないが、これもまた勝負よ!もはや動けない貴様を殺して、その仲間もすぐに同じところに送ってやる。一足先に待っていろ」
ユメリアを殴りつけた両拳で、ではなく倒れた際に手放した両斧槍を拾い上げて両手で握り直し、まるで処刑執行人のようにその斧刃で倒れたアタシの首に狙いを定めて武器を振り被る。
「さらばだ、勇敢で強かった女戦士よ」
アタシの首に正確に振り下ろされた両斧槍。
アタシは死を覚悟し、目を瞑った。
だがいつまでも首に斧刃が食い込む感触は伝わってこないばかりか、何故か聞き覚えのある少女のような、でも慈愛に満ちた声が聞こえてきたのだ。
「勝手にうちの娘を殺した事にしないで欲しいわね。誰の許可を貰ってるのか知らないけど。
……消すわよ、魔族ごときが」
目の前には。
蠍魔人の振り下ろした斧刃を片手で掴んで止めていた緑髪の少女の姿があった。




