45話 アズリア、天に慟哭する
「我を倒す、か。出来ぬ事を口にすると己の格を下げるぞ人間ごときが」
蠍魔人が先程までとは違い、殺気を孕んだ視線でアタシを睨みながら口を開く。
そんな視線から目を逸らすことなく、突き刺さった大剣を右脚から抜き、そのままの位置で魔族と睨み合う。
「……いつまでも格が上だとか勘違いしてんじゃねえぞ口が達者な魔族。アタシに強さや格を示したいならあくまで剣で示せよ」
「では、そうさせて貰うとしよう」
アタシは右眼に宿る「wunjo」の魔術文字の魔力を全開にして、全身の筋力を今可能な限り増強していく。
正直言って、女魔族との戦いで消耗した魔力は完全に回復しきってはいない。増強の効果が保つのは僅かな時間だろう。
だから出し惜しみは無し、短期決戦だ。
────ガッッキィィィィィン‼︎‼︎
そして振り下ろされる蠍魔人の両斧槍の斧の部分と、大振りしたアタシの幅広剣の刃がまともに衝突し、凄まじい金属同士の衝突音とともにアタシも蠍魔人も互いの攻撃の余波で地面に引き摺った跡を残しながら後退りする。
「我が両斧槍の一撃は凌げても、伸縮する我の尻尾から逃れることが出来るかなぁ⁉︎」
吹き飛ばされ体勢が崩れたアタシに襲いかかる、蠍魔人の背中から伸びてくる二本の巨大な蠍の尻尾、その先端の針。
一本目は籠手を装着した左腕でギリギリで払い退けて躱すが、二本目の針が防具のない右肩をかすめて針が肩肉をえぐっていく。
「があっ?……ちいっ、避けたつもりがッッ……」
肩の傷から鮮血が噴き出す。
チラッと尻尾の針から分泌されている紫色の液体と、その液体が地面に落ちると白煙があがっていたのを見てしまう。
右肩に力を入れてみる……傷からの出血と激痛はともかく、まだ肩は動くしあの液体が傷から注入された様子はない。
「ほう、避けられはしなかったが毒針の直撃は何とか避けたか。何とも悪運の強い女だ」
すると、蠍魔人の背後からさらに蠍の尻尾が二本追加され、合計四本の尻尾がアタシを仕留めようとウネウネと蠢いていた。
「ふ……増えやがった、だとぉ!」
「二本ならば何とか避けられたとしたら、それを四本に増やしたとしたら毒針の直撃を避けられるかな?」
伸縮自在だからこそ出来る不規則な動きの四本の蠍の尻尾が、アタシに襲い掛かってくる!
……その時、アタシの前に立ち塞がる三つの影が、襲い来る尻尾を身を挺して迎撃していく。
「お、おい⁉︎……な、何やってんだよお前らっ!」
「……先程から何かあの魔族と一騎討ちをしているようですけど……あなたは昔から本当に馬鹿ですの⁉︎」
「白薔薇公の言う通りだぞアズリアよ。何度も国を救われたその大恩、少しは余にも返させて貰うぞ!」
「アズ、俺たちに出来るのはこれくらいだ。この魔族を倒す力は俺に残っていなくとも、少なくともアズ、お前を守る盾にはなれる!」
ベルローゼ、太陽王、そしてハティ。
既に消耗しきっていた三人は、疲労と負傷を隠せない足取りでアタシへの直撃を避けるために。
敢えて自分の身体で毒針を受けて動きの止まった尻尾を斬り落とす、捨て身の戦法を取っていたのだ。
作戦通り、三本の尻尾は斬り落とされたが。
毒針をまともに受けた三人もその場で身体を震わせ、口から吐血して膝の力が抜けたように崩れ落ち倒れてしまう。
蠍魔人と戦っていた最中だというのも忘れて、慌ててアタシは倒れた三人に駆け寄っていく。
太陽王は城壁を震えながら指差し、
「ふふ……余のことはよい……この国を……あと、王妃を……頼む……」
ハティはアタシを見て笑い返してくると、
「あ、アズ……さ、最後に……お前の顔が見れて……よかったぜ……アズ……好きだった……」
白薔薇姫はアタシの唇を指でなぞりながら、
「は……あなたに看取られるなんて……これも……運命ですのね……そこは……神様に感謝……ですわ……」
三人がそのまま動かなくなってしまったのをアタシは黙って見ていることしか出来なかった。
アタシは今、最後に寄り添った白薔薇姫の身体を抱きながら、言葉にならない悔恨の呻き声を漏らしていた。
多分目からは涙を流していたのだろう。
「あ……あああ……アタシが……あああ……ッ……」
「そうだ人間、貴様は無力だ。その三人は我が毒でこれより神の元に召されるだろう。それは貴様が弱かったから守れなかったのだ」
────そうだ。アタシが弱かったから。
だからアタシの代わりに犠牲になった。
……ならば、アタシは今何が出来る?
あの三人はアタシなんかのために生命を賭けてくれたんだ。
アタシも強くなるために生命を代償にしてやる。
「我、怒りの炎を胸に!我が生命よ炎に!ken‼︎」
いつもと違う力ある言葉を唱え、アタシ自身の胸元に血文字の「ken」を描いていった。
多分これを使えばアタシは死ぬだろう。
だが、それでも……この蠍魔人だけは絶対倒す。倒してみせる。




