44話 アルマナ防衛戦、最後の魔族
「ふぅ……ついに我だけになってしまったか。数で勝っておきながらこの体たらく、我ら魔族にも色々と人間の定義を変えなければならんと反省すべき点もあるが……」
ズシン……ズシン……と足音を立てながら、央都に迫る巨大な影。それは巨大な両斧槍を構え、真紅の全身鎧を身に纏い、完全な臨戦態勢を取った白髪白髭の、だが背中から蠍のような尻尾を複数本生やした肌の色が青い初老の戦士……コピオスの登場だった。
「我の名はコピオス、この一軍を率いていた将軍でもある。せめてこの敗戦の責は、我一人でこの都市を守る貴様らを屠ることで注ぐとしよう……フンッッ!」
その場で巨大な両斧槍を片手で持ち、横に薙ぎ払うと衝撃波で足元に砂煙が巻き起こり、そのままアロガスを倒したベルローゼにハティ、そして太陽王に向かって飛んでくる。
「衝撃波ごときで余を止められるとでもッ…………ぐううッッッッッ⁉︎お、重いッ?あんな軽く振るっただけの衝撃波がここまで重いとはッッ……なんて馬鹿力だッ!」
一歩踏み出した太陽王の魔剣がその衝撃波を受け止めるが、受け止めた王の身体をそのまま数十歩分ほど後ろに吹き飛ばされていく。
何とか衝撃波を凌いだが、弾けた衝撃で王の頬や鎧に傷がつく。
「ハッ!……頭が隙だらけだねぇ!もらったよ!」
違う方向からコピオスの頭上へと両刃斧を振り上げ、威勢のいい啖呵を切って飛び掛かるのは、いつの間にかこの場から移動していたメノアだった。
メノアの斧の自重に体重を乗っけた一撃は、振り下ろされたコピオスの兜を叩き割るハズだった……その場の皆が予想していたのは。
────ガキィィィィィィィィィィン‼︎
だが、戦場全体に響き渡るほどの金属が衝突する甲高い音とともに、弾き返されたのはメノアと彼女の斧のほうだった。
何とか地面に転がり着地したメノアだったが、弾き返された斧を握る手が痺れたのか武器を握ることが出来ずに、地面に両刃斧を落としてしまう。
「……チィッ、何て堅い鎧だい……殴ったコッチの手のほうが逝かれちまったよ……くそッ」
メノアの手首の痛がり様を見ると、ただ指が痺れただけでは済んでいなさそうだ。
一方で殴られた側のコピオスの鎧兜には、メノアの渾身の一撃を受けたにもかかわらず傷一つついていなかった。
「先程のアロガスを見事倒した様子を見ていたが、まさかそれで終わりだというわけではあるまい。出し惜しみせずに我にお前たちの全てを見せてみろ……でないと────」
コピオスが両斧槍を両手で握ると頭上で何度も回転させていき、その遠心力が乗った武器を下から斬り上げると。
「────怒号烈波‼︎」
先程の衝撃波とは比較にならない威力の飛ぶ斬撃が生み出され地面に裂け目を作りながら、その斬撃は斧を落としたメノアでもなく、太陽王やハティにベルローゼの横をすり抜けていく。
後ろを振り返ったその視線の先には央都アルマナを守る城壁と、その上に立っている王妃や宮廷魔術師らが見えた。
「……王妃よそこから今すぐ逃げろおッッッ!」
コピオスの狙った目標に一早く気付いた太陽王が絶叫に近い悲痛な声で、王妃にその場から退避するように伝えようとするが。
その声に気付いた時には、コピオスの放った怒号烈波の衝撃波が城壁を直撃した!
衝撃波の威力で城壁が崩れ落ち砂煙が舞い上がる。
「……うおおおォォォォォ!え……エスティマぁぁぁ!お、おのれ……魔族めぇ……」
『……まさか……あの一撃で、王妃が……』
城壁が崩れるのと同時に、太陽王は地に膝をつき、泣き崩れながら王妃の名を呟いていた。
やがて視界を塞ぐ砂煙が晴れていき、王妃の安否を気遣う戦場にいる全員の目に写ったのは。
「……ふぅ。間一髪、ギリギリ間に合いましたね。申し訳ございません王妃様……不肖このノルディア、遊撃任務を終えて只今帰還いたしました」
王妃に忠誠を誓う筆頭騎士が剣を抜き放ち、王妃の前に立ち塞がりあの衝撃波を凌いだ姿だった。
王妃も魔術師らも攻撃が直撃し、自分たちの身に何が起こるのかを覚悟していたかのように目を瞑っていたのだが。
「……あ……ああ……の、ノルディア?ほ、本当に、あの弱気なノルディアなのね……?」
「はい、間違いなくノルディアめにございます。今回の任務で私は自分の力を少しばかり制御するキッカケを貰えましたので」
今のノルディアは「憤怒憑き」発動時の身体能力の向上の恩恵を受けているにもかかわらず、王妃の目から見ても粗雑な口調や攻撃的な性格はなりを潜めていた。
一体、遊撃任務の間に彼女に何があったというのか?
「……その答えはあそこを見ればわかりますよ、王妃」
城壁は一部破壊されたものの、後衛の王妃らを狙った攻撃は不発に終わったと言ってよいだろう。
攻撃を防がれた魔族は、その攻撃を凌いだノルディアに刃を向けると思われたが。
魔族は外殻を砕かれた右脚に視線をやり。
また、彼女も城壁から魔族の右脚を指していた。
「……ムゥ、貴様の邪魔な一撃さえなければ城壁ごと魔術師どもを木っ端微塵に出来たものを。しかもその剣……聖銀より硬いとされる我が外殻に傷をつけるどころか貫通するとはな」
「ハッ……言うじゃないか、魔族の頭なんだろアンタ。それをさ、雑魚をぶつけておいて消耗させた相手に大きな顔するとか……大物振る割に大した事ないね」
「ハッ!言ってくれるわ、女」
その右脚に突き刺さる漆黒の大剣の刀身。
その大剣を構えるのは大柄で赤髪の女戦士。
「待たせて悪かったとは言え、皆随分と苦戦してたみたいじゃないか。酷い格好だよ」
城壁を破壊され、あわや王妃まで命を落としたかと戦場を包んでいた悲嘆的な雰囲気は、その女戦士の登場によって一変していた。
「あ、あの者は確かアズリアだったか、余とこの国に魔族の群勢を警告した……また我々は彼女に救われたというのか……」
「……アズ。待たせすぎじゃないのか?」
「やっぱりいたんだねアズリアの嬢ちゃん……」
「……フン!遅い!遅いですわこの愚図!あなたが遅すぎてもう私一人でこの魔族を倒してしまおうかと思いましたわッ!」
先程より女戦士から視線を逸らすことなく睨みあっていた魔族が二人の、いや一体と一人の間に流れた沈黙を破る。
「面白いぞ女。名を……聞いておこうか」
「────アタシの名はアズリア。アンタを討ち倒す人間の名前だ、しっかりと覚えておきな」




