41話 アルマナ防衛戦、魔獣現わる
炎を纏う黒い中型犬のような焔の猟犬、巨大な鶏に蛇の尾を生やした石化鶏、獅子と山羊と竜の三つの頭を持つ混合獣、そして小型の魔族である小悪魔に翼を持ち空を駆ける竜族でもある飛竜。
一体だけでも冒険者が複数人のパーティーを組んで討伐に挑むほどの相手なのに、その魔獣が複数出現したことで軽くパニックになる前線部隊。
「……どうやら最初の魔物たちは捨て駒だったみたいね、妾たちに消耗戦を強いるための……」
前線があそこまで混戦模様になると、大型の魔獣を倒すのに必要な高火力の魔法を行使するのは難しい。
魔法部隊に出来ることと言えば、騎士ら接近戦担当に補助魔法を使い能力の底上げをしながら、巻き込まない範囲の攻撃魔法でチマチマと牽制するくらいになってしまう。
だが、焔の猟犬や混合獣の吐く炎や、石化鶏の石化ガス、そして飛竜の空中からの急襲への対処法のない近接担当組には負傷者が相次いでいた。
「これは……そろそろ後方に配置した待機部隊と救護部隊を動かしたほうが……」
「王妃様っ!火の部族の部隊が前線に出る許可が欲しいと申し出が。それと……救護部隊の一部が負傷者の回収に前線に出させて欲しいと」
「!……どうやら妾の他にも戦局が見えている人間がいるみたいね。いいわ、王妃エスティマの名の下に双方の申し出を許可します!────ただちに前線に赴き、自分の役割を全うしなさいと伝達しなさい!」
治癒魔法を離れた対象に行使することも可能ではあるが、治癒魔法は対象から距離があると効果が落ちる特性と、乱戦模様にいる相手を対象とすると誤爆してしまう可能性が高くなる二点から「治癒魔法は対象に触れながら発動する」のが治癒術師の暗黙の了解となっていたりする。
────そして。
後方に待機していたハティらに、王妃エスティマからの許可が通達されると。
「王妃様より許可が出た!これより我ら火の部族も打って出る!魔物や魔獣ごとき我らの敵ではない!それをこの戦場で存分に見せつけてやろうぞ!」
『おおおおおおオオオオッッッ‼︎』
戦慣れしていない現族長に代わり、戦える火の部族の精鋭の戦士を率いたハティが声を張り上げると。
後ろにいる全員が、それに続いて周囲を揺らすかのような大声を響かせる勝鬨を上げる。
火の部族は元来、勇猛果敢なことで知られていた。その評判に陰りが見えたのは6年前の火の魔獣が暴れた出来事だった。あの時は部族に多大な被害を出し、しかも魔獣を討伐したのは部族の外の人間だと知れると部族の評判は地に落ちた。
アズには感謝しても感謝し足りないが、我ら火の部族はこの汚名を返上する機会を常に求めていたといっても過言ではない。
まさにその機会が今、この時なのだ。
部族の皆もそれを理解しているからこその、出陣の際の雄叫びなのだ。
「お兄様、私たち治癒術師も救護部隊としてご一緒させていただきます!」
「ああ、この戦いで一人でも命を落とす者を減らせるよう、お前はお前の力を尽くせよユメリア」
前線では魔獣の炎や爪で負傷したり石化ガスで足が石化し身動きの取れなくなった兵士や騎士がここからでも大勢見られる。
身内贔屓する訳ではないが、ユメリアの治癒術は一部族の中で留まっている実力ではない。だからこそ、この戦場で一人でも多くの命を救うことでその実力を示して貰いたい。
「兵士たち!焔の猟犬や混合獣は我ら火の部族に任せて一旦引いて陣形を整えてくれ!」
「わ、わかった。ありがとう、ここは任せた!」
我らはそれぞれ思い思いの武器を構え、兵士たちが戦線から退けるように魔獣に向かっていく。
もちろん俺もここからは戦場での司令塔役から一介の戦士に戻る。
強弓を構えて混合獣の眼を狙い、弦を弾き絞り先制の一射を放つ────
風を切る音を立てながら飛ぶ矢が、吸い込まれるように混合獣の獅子、山羊、竜の三頭の獅子の眼に必中すると、目に突き刺ささった矢の痛みに苦悶の声を上げてのたうち回る混合獣。
俺も弓から剣に武器を持ち替え、のたうつ混合獣に致命傷を与えるため仲間たちと一緒に魔獣に斬りかかっていった。
そんな時に。ふと頭に過ぎる一人の女性の顔。
アズ……アイツは初めから魔獣や魔物が央都に襲撃してくる事を予見していた。だからこそ王に宛てた書状をアイツに手渡しておいたのだが、まさか国王と肩を並べ同じ戦場で戦うことになろうとは思ってもいなかった。
アイツは今、どうしているのだろうか?
この戦場の何処かでまたあの大剣を振るって魔物や魔獣を屠っているのだろうか。