9話 アズリア、依頼を無事終える
「こうも──上手くいって助かったねぇ」
実は以前、先程のように石に刻んだ『ken』の魔術文字を、同じように焚き火の中に放り込んで試してみたことがあったのだが。
目の前で焚き火が爆発し、燃えていた地面がすっかり抉られる程の威力だったことを頭に浮かべたのだった。
「しかし……咄嗟にあの時の爆発を思い出して、再現してみせたのは正解だったよ」
その後、気になったアタシは何度か魔術文字を用いて試してみたところ。文字の刻み方で効果に変化が現れるのまではわかったが、その法則性までは残念ながらまだ理解出来ていない。
なので、唯一理解していた最初に焚き火に放り込んだ時と手順や魔術文字の向き等を極力同じにして、黄金蜥蜴に投げ入れたのだが。
まさか──ここまで上手くいくとは。
「どれどれ……殺った、かねぇ?」
動かなくなったとはいえ、黄金蜥蜴は火を吐く強敵だ。口の中が焼け焦げていたとしても、もしかしたらまだ息があるのかもしれないと警戒し。
一歩、また一歩と動かぬ蜥蜴へと接近していくアタシ。
よく見れば、身体のあちこちがビクビクと痙攣をしながらも。黄金蜥蜴はまだ完全に息絶えてはいない様子だった。
「お、驚きだねぇ……あの爆発を口ん中で受けて、まだ生きてるなんて、さあ」
巨大な体格に見合った、恐ろしいまでの生命力に、アタシは溜め息とともに驚きの声を漏らしていたが。
このまま黄金蜥蜴が動けるまで、待ってやる義理はアタシにはない。
アタシは、大剣の切先を蜥蜴に向ける。
「──ま。動けないッてんなら、謹んでトドメを刺させてもらうとするよッ」
狙うのは、硬い鱗で守られていない喉元。
頑張って斬れない鱗の硬度ではないが、せっかくの黄金蜥蜴の金色の鱗を傷つけるのは勿体ない。
喉元を「斬る」のではなく、鋭い切先で貫くつもりで、刺突の構えを取ったアタシは。
「そこを動くんじゃ、ないよッッ!」
次の瞬間。吐息で黒く焦げた地面を駆け抜けていき、無防備な蜥蜴に真っ直ぐ大剣を突き出し。
鱗のない喉元に、突進の勢いのままに深々と突き刺したアタシの大剣によって。
「殺っ……た、か?」
僅かばかり動いていた黄金蜥蜴は、ようやく息の根が止まり。蜥蜴の巨体が力無く地面に沈み込むのを確認し。
「ふぅぅぅ……た、倒したあぁぁぁぁ!」
喉に大剣を突き刺したまま、アタシは安堵と達成感からか膝の力が抜け。その場にへたへたと座り込んでしまった。
火を吐く程の強敵を、たった一人で、しかもほぼ無傷で倒したのだ。緊張が解け、一気に弛緩するのも当然だった……が。
あらためて、自分が倒した黄金蜥蜴をじっくりと眺めていくアタシは。
「よしよし。これだけデカい黄金蜥蜴の鱗なら、かなり高く売れるだろうねぇ」
七年間、大陸を旅してきたアタシだったが、さすがに黄金蜥蜴を討伐したのは初めての経験となる。
正直、黄金鱗がどの程度の値段になるかは予想が付かない。だが少なくとも、鉄鱗より高値が付くだろう。
「コレで暫くは……路銀稼ぎしなくても、王都で結構美味いモノ食べながら良い宿に泊まれる、かねぇ」
ならば、しばらくは王都に滞在して、王国の美味い料理を堪能するのもアリではないか。
それにしても。
「あ、暑っちいいいッ! 何だよこの暑さはッ?」
戦闘を終え、緊張感が緩んだ途端。アタシは周囲に籠もる異常な熱気に思わず声を大にするが。視線を落とし、足元の地面や壁や天井にあたる岩盤を見て納得してしまう。
原因は、先程まで戦っていた黄金蜥蜴の「火炎の吐息」の高熱の残滓が、坑道内に影響を与えていたからだ。
「く、くそッ? こんな場所、すぐに外に出るよッ!」
熱に蒸され、アタシの褐色の肌からは止めどなく汗が滲み。鎧の内側に濡れた布地が肌に貼り付いて気持ちが悪い。
アタシは地図を辿り、素早く坑道から出る。
「……ふぅ」
それはともかく。
これでランドルから貰った坑道の地図で、確認していない箇所はなくなり。受けた依頼は終了した、と言える。
しかもこの坑道に、黄金蜥蜴なんて物騒な魔獣が棲み着いていた、ということは。この鉱山からは金が多少なりとも採掘出来るのだろう。
「へッ、へへ……ランドルの旦那も。自分の鉄鉱山からまさか黄金が発掘るとわかりゃ、両手をあげて喜ぶんじゃないかねぇ」
鉱山に黄金が埋まっている事も含め、ランドルの旦那に教えてあげれば報酬少しは上乗せにならないか、などと考えながら。
アタシはまず、右眼の魔術文字を発動した腕力を最大限に発揮し。頭が半分焼け焦げた黄金蜥蜴の死骸を坑道から外へと出すと。
「ふ──うぅッ……やっぱり外の空気は美味いねぇ!」
アタシは淀んだ埃っぽい坑道の空気から、澄んだ外の空気を胸いっぱいに吸い込むと。
まだ一〇体以上の鉄鱗の死骸が中に転がっていた、坑道の入り口を振り返りながら。
「さて……と、一人で蜥蜴の死骸を運び出すのは。ちょいと重労働すぎるよねぇ」
確かに、右眼の魔術文字を使えば。一人で死骸を運び出す事は可能なのだろうが。
あまり魔術文字を使い過ぎれば、翌日以降の代償である筋肉の痛みがさらに酷くなるのは避けられない。
……ならば。
「そういや、鉱山近くの酒場にゃ……確か」
アタシは坑道の外に並ぶ、鉱夫らの詰め所を兼ねた酒場で。
王都のランドルへ、依頼を終えたと報告するのと。蜥蜴の死骸を運ぶための大きめの馬車で来て欲しいと伝令役に頼み。
そのついでに、坑道の仕事がなく酒場にいた鉱夫らに。十数体の鉄蜥蜴と黄金蜥蜴の死骸を、坑道から運び出す手伝いを依頼する。
「てなワケだ。アンタらにも手伝ってもらいたいんだけどねぇ。もちろん、正式な依頼だ。仕事料は払うよ……雇い主が、だけど」
当然ながら、死骸を運び出す人手分は報酬から引かれるだろうが。
その分、仕事がなく落胆している鉱夫らへは。減った報酬分に加えて、鉄蜥蜴一匹分程度の報酬が渡されるように。これから到着するランドルへと交渉するつもりだ。
「いやアンタ……それでいいのかよ?この鉄蜥蜴一匹だけでも、俺たち鉱夫の稼ぎの一月分以上は最低でも稼げる額になるってのに……」
当然ながら、アタシの提案を聞いた坑夫は。死骸を運び出す仕事の破格の報酬に、疑いの目を向けてくるのだが。
「アンタらもあの蜥蜴どものせいで仕事が出来なくて大変だったんだろ?……だったら、せめてもの駄賃代わりに受け取ってくれなきゃさ」
そう説明するアタシは、酒場に置いてあった酒樽をポンポンと叩きながら。
「アタシだけが仕事終わりにここで酒が飲んだって、美味い酒になるワケないだろ?」
「美味い酒……かい。生憎と、ここにゃ温い麦酒しかねぇぞ」
「せっかくの大仕事を終えたんだしねぇ、麦酒があるだけ上等だよ」
アタシは、坑道から唯一運び出した黄金蜥蜴の光り輝く鱗に覆われた死骸を指差しながら。
鉱夫らに歯を見せる笑顔を浮かべてみせると。
「「はっは、違えねえ!」」
酒場にいた大勢の鉱夫らが、アタシの言葉に釣られて大笑いする。
仕事がなく、落胆していた鉱夫らに戻った笑顔。
「あっはははッ……さて、と」
ランドルの旦那へ手配した死骸を運ぶための馬車が鉱山に到着するまでまだ時間はかかりそうだし。
アタシはここで坑夫の連中と温い麦酒でも飲みながら、ゆっくりと待たせて貰うことにした。