36話 アズリア、騎士と共闘し魔物を屠る
「……それじゃ、いくよ……ッ!」
息を殺したまま、戦う士気を取り戻した騎士たちに合図を送る。隣ではノルディアが剣に手をかけ、今か今かと待ち焦がれていた。
狙うのは雑魚の魔物たちではない。
この群れの司令塔らしき、女魔族。
もしかしたら、あの魔族を倒したからといって何も状況は変わらないのかもしれない。しかし、あの魔族が連れているあの骸骨……あれは間違いなく人間の、しかも多分オリアスタという都市の住人だったモノだ。
なら、到底許される筈がない。アタシのその言葉に騎士たちは頷くことで返事を示す。
「……狙うのは、あの女魔族ただ一体だよ!」
アタシもノルディアたち騎士らも、身体強化の魔法など準備は既に終えていた。
その言葉と同時にアタシらは身を隠していた窪みから飛び出し、その女魔族目掛けて散開、突撃していく。
「我らの剣では悔しいが魔族には手を出すのは難しいだろう。だから露払いは任せて、ノルディアとアズリア様は魔族に何としても肉薄を!」
「……任されたっ!」
散開していった騎士たちは、アタシとノルディアの道を作るように|盾を前面に構えての突進を仕掛けていき。
ノルディアはアタシの隣にピタリと着いて、目の前に捉えた女魔族への進路を邪魔する魔物らをほぼ一刀で斬り伏せていく。
「やるじゃないかノルディアっ、どちらが女魔族の首を取るか競争といこうじゃないか!」
「……面白いですね!その勝負、受けましょう!」
アタシも騎士らに自分のことを勝利の女神とのたまっただけに、彼女には負けていられない。
魔族の盾になるためにワラワラと集まってくる身体の大きな食人鬼や岩巨人のような耐久力が自慢の魔物らへ、筋力増強の魔術文字を最初から全力で発動していき。
力任せに幅広剣を横薙ぎに振るっていく……剣から伝わってくるのは肉に深く食い込み、太い骨を砕く感触。
その重い一撃をマトモに受けた魔物らは、あるものは胴体が大きく裂け大量の血を撒き散らしながら。またあるものは上半身と下半身が両断され。一撃を受け地面に倒れた魔物は、例外なく二度と起き上がってくることはなかった。
「……さすがだな、頑丈なだけの食人鬼はともかく、傷を再生する能力のある岩巨人を一撃で屠るとは……あれが6年前の火の英雄の力なのか……」
その様子を見た騎士らは皆、驚嘆の声を上げる。
食人鬼はその名の通り人を好んで食糧にする魔物で、身体が大きい分だけ頑丈で力も強いが。警戒すべきはその剛力のみであり攻撃に注意していればある一定以上の強者ならば特筆して危険な相手ではないのだが。
岩巨人は食人鬼の特性に加え、たとえ腕が切断されたり胴体を深く傷つけられても、死なない限りは傷を再生していく非常に厄介な魔物なのだ。
だがこの通り、一撃で倒してさえしまえば再生能力も効力を発揮せずに命を落とすのだ。
「ほらノルディア、ボサッとしてるとアタシだけで女魔族を倒しちゃうよッ!」
「……さすがですアズリア様っ!」
そのノルディアも岩巨人へ素早い剣閃を放つと、その剣撃は的確に急所の首や頭を狙い、同じく一撃で魔物を仕留めている。
まさに、力のアズリア。技のノルディア。
騎士たちも食人鬼や岩巨人の攻撃を盾で凌ぎながら、的確に小鬼や豚鬼を倒して数を減らしていた。
その圧倒的な実力差で魔物の群れを次から次へと薙ぎ倒して進んでくるアズリアとノルディア、そして騎士らの姿は、群れの向こう側にいるその対象も最早意識せざるを得ない存在となっていた。
「……な、何なのーあの人間ども……聞いてないー聞いてないーこんな奴らがいるなんてコピオスの奴から聞いてないよー」
ラージェは呑気な口調ながらも、内心では非常に怯えていた。
人間とは獲物である、と同時にラージェにとっては非常に面白い玩具であった。前に蹂躙した都市では領主側と反乱分子を両方操って、敵の眼前で同士討ちする間抜け振りを見せつけてくれた。
ラージェが横に連れている二体の骸骨は普通の亡者ではなく、元はオリアスタの領主の娘と、恋仲の男の二人だったモノで、ラージェがその魔力で魂を縛りつけ従属させている不浄な亡者なのだ。
人間は玩具、人間は蹂躙されるだけの存在。
人間を蹂躙し、駆逐するだけの簡単な作業。
そう思っていたのに、ならば今ラージェの目の前で魔物たちを斬り殺しながら、まさにラージェ目掛けて突き進んでくるあの二人の女戦士……いや、バケモノは何だというのだ?
ひひひっ……!何を恐れているのラージェ。
私には生まれ持った魅了の魔眼があるじゃない!
あんなに使える手駒が増えるのなら、寧ろこの状況は喜ばしい限りよ、ひひひ。
ラージェはオリアスタの都市を壊滅へと導いた自分の能力を信じて疑われなかった。だからその能力であの二人を意のままに操れればもっと楽しい事が出来るだろうと。
両眼の魔眼の魔力を二人に向けて解き放つ。
……が。
「……な、何でよ……何であの二人、まだ相変わらず魔物斬り殺してるのよっ!何で私の命令を聞かないのよっ!何で、何で何で何で何でなのよぉぉッ!」
ラージェの魅了の魔眼の効果を二人が受けている様子は全くもって見られなかった。魔眼の魔力を抵抗することはあり得ない話ではない、が、ラージェの魔眼を跳ね除けることは並大抵の人間には至難の業と言えた。
それこそ何か神や精霊の加護を受けていない限り。
「魅了の魔眼」
魔族が持つ特徴の一つに、魔法の概念そのものを先天的に眼に宿してくることが稀にある。
確率としては、上位の魔族で百人に一人の割合で。
眼に魔法の概念が全て詰まっているため、詠唱や発動の手順を踏まなくても視線を飛ばすだけで宿した魔術を具現化することが出来る。
魔眼の持ち主が「視る」だけで効果は発揮出来るが、対象が視線を合わせることで効果はより強く発揮される。
ラージェの瞳に宿した魔術は「魅了」であり。
上位魔族である彼女は、その効果を弱めて限定的に発動させることにより、三万もの魔獣や魔族の下僕の大半を司令官であるコピオスへ好意的に従わせている。
本来の「対象の好意を完全に支配し、自分へ盲信的に従属させる」効果は、彼女ほどの使い手でも一般人百人程度が限界である。




