34話 アズリア、遊撃隊に合流する
────オリアスタ、陥落する。
どうやら昨日アウロラの屋台を手伝っていた時なのだろうか。深い傷を負った伝令が息も絶え絶えに央都に辿り着くと、央都の西側およそ三日ほどの位置にある都市オリアスタか魔族らの侵攻によって陥落したとの情報がその口から伝えられた。
貴重な情報をもたらした伝令は治癒術師の治療の甲斐無く、その後まもなく息を引き取ったらしい。
都市の陥落という情報は嘆くべき現実だが、その都市に魔族らがいるという情報はおおよそ襲撃を予想している日数と一致する。
いよいよ魔族と衝突する日が近づいてきている。宮殿内で王らがどのような対策を立てているのかは知る由もないが。
おそらくはテーベ川より都市の周囲に引かれた水路と堅固な城壁を利用して篭城しつつ、攻撃戦力である兵士や騎士が向かってくる敵を削っていく一般的な都市の防衛戦術を選ぶのだと思われる。
まあ、国の防衛や対処なんかはアタシが口を挟める立場じゃないから、そういう役割のお偉いさんと国王様にお任せしておくとして。
「アタシはアタシに出来ることをしようかね」
アタシが国を渡り歩くがてら傭兵をしてた頃の経験だが、軍勢というものは一塊りで移動するわけではなく、一日くらいの間隔を空けて先駆けの部隊、支援部隊、そして本隊と移動することが多かった。
アタシの狙いはその先駆け部隊だ。
そう思ってすぐにラクダに保存食や野営用の毛布、予備の武器などを乗せて央都を出発した。
しばらくすると背後から数十騎の馬に乗った集団がアタシの後ろを追うように砂漠を駆けてきた。
騎手が装着している鎧や兜の種類などを見るに、どうやら兵士ではなく騎士のようだが。何にせよ警戒のために背中に背負っていた大剣を構えてその集団に向き直る。
「ま、待って下さいっ、あ、アズリア様っ!わ、私ですっ、の、ノルディアでございます!」
兜の顔を覆う部分を上げてアタシに声を掛けてきた人物とは、近衛隊の筆頭騎士ノルディアその人だった。
どうも彼女は模擬戦以来アタシに親しみを持って接してくれているのだが……アタシは彼女が少しばかり苦手だったりする。
「ノルディア?まさか筆頭騎士のアンタがこの時期になんでこんな場所にいるんだい?……しかも大層に部下を引き連れてさ」
その彼女が背後から追ってきたように声を掛けてきたのだ。まだ構えた剣はそのままにしてまずは事情を聞いてみることにした。
「い、いえ、わ、私たちはま、魔族へのゆ、遊撃部隊として、さ、先に……」
「ノルディア様の言う通り、我々は王妃様のご命令で先行して魔族の軍勢を横から叩く任務で出撃した、いわば遊撃部隊ですな」
王妃様曰く、ノルディアは誰の前でも常に緊張しきっているのだという話だ。
だからこそなのだろう、このまま彼女に話を任せていては要件が伝わらないと思った屈強な身体といかつい顔をした騎士が、話の内容を通訳してくれた。
やっぱ王妃様も考えてた事は一緒なんだね。
都市戦での篭城の欠点はいくつかあるが、その一つに「こちら側の攻撃部隊が出撃する場所が特定されてしまう」という点だ。故に敵側はその方向にのみ戦力を集中することが出来るからだ。
だからこそ王妃が持つ最大戦力を篭城の枠の外にいる遊撃隊に投入してきたのだろう……なら都合がよかった。
「ノルディア。その遊撃隊にアタシも合流しちゃ……駄目かねぇ?」
「え?あ、アズリア様が、で、ですか……?」
彼女がキョロキョロと回りを見始め、多分自分よりも戦歴の長い年齢であろう騎士らの意見を聞きたいのだろう……その顔色を伺っていた。
だが周囲の騎士たちは、判断は自分でしろ、と言わんばかりに顔色を変えずに沈黙を貫き通していた。
その騎士たちの態度に諦めがついたのか、溜息をひとつ溢した彼女は、
「こ、こちらこそ、お、お願いしますっ!」
「ああ、アタシも同じ理由で向かってたんだ。一緒に人間を舐めてる魔族の連中にひと泡吹かせてやろうじゃないか」
そう返事を返した彼女を見ている騎士たちの目は、明らかに成長した我が子を想う父親のそれに酷く似ていた気もしていたが。
そこは敢えて何も言わないでおこう。
アタシ達はあらためて魔族の軍勢を目視するまで昼も夜も全速力で砂漠を走らせていた。
「し、しかし、あ、アズリア様のそ、そのラクダは、す、凄いですね!馬にもひ、引けを取らないなんて」
ノルディアらが騎乗しているのは軍馬なのだろう、体型も立派で足場の悪い砂漠でもしっかりと速度を出せているが、やはり砂や悪路で足を取られていた。
対してアタシがアウロラの宿場町で借り受けたラクダはというと、騎士らが有する立派な軍馬にも負けない速度で並走していた。
こんなところで砂漠でのラクダの優秀さが身に染みた時間だった。
そうして砂漠を駆けること丸一日。
アタシやノルディアら遊撃部隊は、ようやく砂漠を覆い尽くすかのような大量の魔物たちと遭遇した。




