34話 太陽王と魔族、それぞれの方針
同じく伝令から、第二の央都とも呼ばれるほどの都市オリアスタが魔族の軍勢により陥落したと報告を受け。
激しく動揺をしていた側近たちと宮廷魔術師ら。
「ば、馬鹿なっ?……オリアスタが、陥ちた、だとっ、そ、そんなっ……」
「あ、あの都市にはここ央都ほどでないにしろ、十の戦士団が常駐していたはずだ……な、なのに……」
女戦士から魔族が侵攻してきている話を聞いて、なお侵攻の規模を過小評価していた者も。そもそも女戦士の進言を信じていなかった者も。
オリアスタ陥落という衝撃の事実を突き付けられれば、もう疑い様のない話である。
「──静まれ、皆の者よ」
迫る脅威にこの場にいる人間が、動揺と恐怖で騒めく中。唯一落ち着いた態度の太陽王ソルダが、鎮座していた玉座から立ち上がり。威厳に満ちた声を発すると。
全員がハッと我を取り戻し、偉大なる太陽王へと視線を向けた。
「まずは我が民の保護を最優先だ。魔族どもの侵攻よりも先に央都より東部にある街や集落、オリアスタの生存者を……出来る限り保護せよ」
「は……で、ですが、動ける戦士団は魔族を側面から攻撃するための遊撃隊として既に……」
「ならば。央都にいる冒険者どもに金を積んで動かせばよかろう」
「あ、あの連中を、この非常事に使うのですかっ?」
大陸最大の国家であるシルバニア王国ほどの規模ではないにせよ、ここ砂漠の国にも冒険者組合は存在する。
メルーナ砂漠は自然の脅威があり、危険な魔獣が徘徊する地域だが。その魔獣を素材として必要としたり、過酷な自然環境だからこそ生息する鉱石や植物の採取に。冒険者への依頼は尽きることがない。
そんな依頼と冒険者を管理するため、隣国シルバニア王国の冒険者組合の協力でつい十年ほど前にこの国にも冒険者組合は設立されたのだ。
老齢な側近らはここ十年ほどでようやく認知される事となった冒険者という存在に、懐疑的な様子だったが。
「なら言うが。我らに魔族の侵攻、そして北の軍事大国との援軍要請を蹴る助言をしてのけたのも……冒険者同然の女傭兵だぞ?」
「う、ぐっ……そ、それはっ……」
魔族の侵攻を事前に知らなければ、だ。
周囲に派遣していた戦士団を集結させる命令を事前に太陽王が下すこともなく。
オリアスタ陥落の原因を調査している間に央都にまで到達した魔族の軍勢によって、オリアスタ同様に陥落していたに違いない。
女戦士の功績を理解していた側近は言葉を失い、王の命令に黙って従うしかなかった。
「それに、今回は非常事態だ。故に、周囲の砂漠の民にも既に協力を要請してある……我と王妃の連名で、な」
「──おお!」
メルーナ砂漠には、王国とは協力関係にあるものの従属しているわけではない強大な集落が存在する。太陽王ソルダの出身である太陽の部族や、王妃エスティマの出身である月の民。
そして……ハティら火の部族である。
◇
一方で。
メルーナ砂漠を離れたアウロラの宿場町には、今から戦場になりそうなこの国を出ようとしていた二人の行商人の姿があった。
「なあ、オログよぉ……このまま逃げちまっても、いいのかなあ、オレたちさ」
「な、何言ってやがる、アビー……」
一頭立ての荷馬車の御者席で手綱を握っていた小柄なアビーの言葉に。
荷台に腰を下ろして無精髭を撫でていたオログは、後ろめたい表情を浮かべながら答えていく。
「そりゃまあ……アズリアには随分と稼がせてもらったし、一緒に旅もして、何度か顔を合わせた縁もある……そりゃ力になってやりたいが」
一度、溜め息を挟んだオログは。
荷台から顔を出して、央都がある西の方角を眺めながらボソリと言葉を漏らす。
「……オレに何が出来るってんだよ」
オログの呟きは弱々しく、それは央都に迫る魔族の大軍勢に真っ向から対抗していたアズリアの力になれなかった悔しさが多分に含まれていた。
だが、御者席にいた相棒のアビーはオログの弱気な言葉を耳にする余裕は残されていなかったのだ。
何故なら──
「お、おいっ!……な、何だあの空に飛んでるの、と、鳥じゃねえっ、ひ、人だってえ?」
そう、空を見上げていたアビーが指を差した先には。蝙蝠の翼を背中から生やし、荷馬車の上空に待機する人影が映っていたからだ。
明らかな異常事態に混乱したアビーは、握っていた手綱を強く引っ張ってしまい。結果、荷馬車を引いた馬は脚を止めてしまう。
「お、おいアビー?……お、お前、な、何をやってんだよっ!……ここは全速力で上空のアレから逃げるとこだろうがっっ!」
「そ、そそそ……そんなこと言ったってよう!」
慌てて荷台に首を引っ込め、慌てふため困惑していたアビーを叱りつけ。馬車を再び動かすように急かすオログだったが。
上空に浮いていた人影は、オログとアビーの乗る荷馬車の前方へと一直線に降りてきたのだった。
『ふむ、ふむ、みずぼらしい髭を生やしおって……お前さんがアズリアの言っていた商人だな』
「な?……な、何だ、お前はっっ!」
威勢の良い口調で、空から降りてきた正体不明の人影に怒鳴りつけるオログだったが。その声は震えていた。
人影は、予想に反して恰幅の良い、腹が豊かに膨らんだ中年の男性の姿だったが。
背中から生やした蝙蝠の翼に、異常に青白い肌の色が人間ではなく、魔族であると顕著に証明していた。
『我が名は悪魔族のエルキーザ。見ての通り、このワシは人間ではなく、魔族だ……ふっふっふ、怖かろう』
オログもアビーも、目の前に立ち塞がるエルキーザを名乗る魔族の登場にすっかり背筋を凍り付かせていた。
当然である。いまだ央都に残っているアズリアから聞いた話では、西から魔族の大群が押し寄せているということだった。
その魔族がアズリアの名前を出し、わざわざ一介の行商人である自分たちを追跡してきた理由は?
考えれば考える程、何の解答にも辿り着くことが出来ないオログの頭は混乱の極みだったが。
『……とまあ、あの女の命令をそのまま実行するのは魔族の誇りに反するので、少々脅かしてはみたが。あまりやり過ぎてしまえば、あの女の報復が怖いからな……』
「な、ど、どういう意味だ?……な、何で、魔族が、あ、アズリアの名前をっ……?」
『簡潔に言えば、ワシはお前たち人間に味方する……と言っているのだ』
相手をしていたオログも。
背後で二人のやり取りを注視していたアビーも。
最初は目の前の魔族が何を言っているのか、その言葉の意図する事が一切理解出来なかった。
小鬼や犬鬼といった低級の魔族ですら、人間の生活に害を及ぼす存在として知られている。
ましてや、エルキーザを名乗る魔族は自分を悪魔族と言ったのだ。悪魔族と言えば、人間以上の魔力容量で強大な魔法を自在に操ると噂されている。
その悪魔族が、人間に味方するという事にただただ困惑しかないオログだったが。
『……忌々しいが、今のワシではあの女には勝てん。そしてきっとワシの見立てでは、魔族を率いる高位魔族でも勝つのは難しいだろう』
「だから……人間に味方するってのか、同士である魔族を裏切って……」
『何だ?……ここでヤケを起こしてお前たち人間を皆殺しにして欲しいのか?』
魔族……エルキーザの冗談めいた問いに、オログもアビーも二人揃えて首をブンブンと左右に振る。
『なら急いでワシの指示通りの場所へ馬車を走らせろ……言っておくが、お前たちが遅れれば大変なことになるのだぞ』
すると、魔族はアビーのいる御者席の真後ろ、荷馬車の屋根に腰を下ろし。
オログらが向かおうとしていたシルバニア王国との国境ではなく、出発したばかりのアウロラの宿場街より南の街を指差していく。
「た、大変な……ことだって?」
『あの街を始めとして……この国に潜伏している魔族らはな。央都を陥落したのを合図に一斉に正体を露わにし、蜂起する算段だからのう』
「ひ、ひいっっ!……う、う嘘だろ、魔族が、まだ大勢っ……」
エルキーザの言葉に、手綱を握るアビーも荷台に乗り込んだオログも、額から冷たい汗が数滴流れるのを感じていた。
「ち、畜生め……っ、恨むぜ、アズリアよう……次に遭った時にゃ浴びるほどの酒を奢らせてやるからなっ!」
突然降って湧いた責任のあまりの重大さに。




