31話 アズリア、筆頭騎士と剣を交える
まあ……こうなる事は予想していた。
以前に旅で訪れた別の国でも、村の民を襲っていた巨大な魔獣を討伐したところ、村人には喜ばれたが。そこの領主はアタシを配下に置こうと色々と褒賞をチラつかせたものの、どの褒賞にも興味がないと知ると掌を返すように討伐の結果やアタシの剣の腕にケチをつけてくるようになる。
で、大概取られる方法の一つが「領主お抱えの腕の立つ傭兵や騎士との手合わせ」なのだ。その傭兵や騎士らからしても、手柄を横取りされ、腕の立つ剣士としての名声を不当に得たと嫉妬している場合も実に多い。
「どうかしら?……うちの可愛い筆頭騎士の提案と挑戦、快く受けては貰えないかしら、アズリア様」
王妃様は今回の件に関わりがないと言っていたので、動機はこちらのノルディアという女性の筆頭騎士様にあるのだろう。
本当はそんな見栄を張るような戦いなど面倒くさいので断りたいのだが、これから魔族の侵攻に立ち向かっていく同士でもある以上は、変に蟠りを持たれても良い結果にはならない。
「アタシで良ければ手合わせするよ……ただし、アタシもだけど、ノルディア様も魔族との戦いを控えてるだろうからさ、出来れば練習用の木剣でお願い出来ない、かねぇ?」
「おお!……ひ、引き受けてくれるとは、あ、ありがたい!……そ、それでは早速、こ、こちらへ!」
ノルディアは手合わせを了承されると、相変わらず上擦った喋り方なままで喜び勇んでこちらの手を引っ張り訓練所へと向かっていく。
「ほ、ほう……アズリア様は、い、一番重いものを選ぶのですな」
「アタシの得物はそこに立てかけてあるそのデカブツだからね。逆に、これくらい重くないと感覚が狂うんだよ」
アタシはそこで用意されている中で一番重量のある木剣を選び、ノルディアは標準的な重さと長さの木剣を選択していた。さすがに模擬戦の間に背中の大剣を背負ったままで動き回るにはいかないために一旦置かせて貰ってあるが。
……普通に備え付けの剣置きに大剣を置こうとして、あまりの重量に剣置きが壊れてしまったという前置きがあったのは余談である。
「そ、それでは、よ、よろしくお願いします!」
「アタシは客人だからね。胸を借りるつもりでいかしてもらうよ、筆頭騎士サマ」
訓練所の一角を借り受け、立ち合いのためにノルディアとの距離を離して互いに向かい合う。開始の合図は王妃様自ら買って出た。
気がつけば、鍛錬中だった兵士らや宮廷内にいた騎士などがにわかに集まり始め、今か今かと模擬戦の開始を待ち侘びている。
「それでは模擬戦…………始めっ!」
王妃様の開始の合図でまず真っ向から剣を打ち合ってノルディアの剣撃の重さ、鋭さを確かめる。
だが、相手の力量を測るためのアタシの剣撃とは違い、彼女が振るうその一撃一撃はまさにその全部が必殺、と呼べるだけの威力を有していたのだ。
「はっはあ!……重いっ!……お前の剣は実に重いなあ!────楽しい、楽しいぞっアズリアぁ!」
「あ、アンタ……何だよその喋り方はよお……ッ」
剣を打ち合わせた感触は確かに申し分ない。
……ないのだが、アタシが模擬戦をしているのは緊張で声を上擦らせていたお世辞にも戦闘を好んでするような雰囲気ではないというのが筆頭騎士のノルディア、彼女と初めて会った時の印象なのだが。
ならば……今やたら目をギラギラとさせながら威勢の良い台詞を吐いて、一撃一撃ごとに握っている武器が悲鳴を上げる程の威力の攻撃を繰り出している人物は果たして誰なのだろうか。
……正直言って、アタシは今更ながらにこの模擬戦を安易に承諾したことを後悔していた。
「はっはっは!……一撃の剣の重み、それに速さっ!……兵士らにはおろか、この国の騎士にもお前に敵う相手はいなかった!────さあ!もっとだ!もっと戦おうかアズリアぁっ!」
何だかよく分からないがこのまま模擬戦を続いているとアタシまでが加減が効かなくなるのが凄く怖いので。
アタシはまともに剣を打ち合う一般的な戦法を一旦止めると、次の打ち合いの瞬間に相手の握りに近い刀身を強く打ち付けることで、ノルディアの剣を握る指を痺れさせる。
正統な剣術ではなく、生命の取り合いとなる実戦の中で剣の腕を磨いてきたアタシなりの方法だ。
「ゆ、指が痺れてまともに剣が握れねぇっ……くうッッ、味な真似をしやがるじゃねえかッ!」
想定通りに握りが緩んだのを嫌い、打ち合いは不利と感じて一旦間合いを仕切り直すために背後に退こうとするノルディア。
だが騎士同士の模擬戦において、体勢が崩れると一旦仕切り直しをして間合いを取り直すことの多いこともあって、近衛騎士であるノルディアもその常識に捉われ、一度距離を開けようと後ろへと下がると読み切ったアタシにとって、ノルディアの後退は隙を見せる行動に他ならない。
アタシはその隙を狙い、さらに距離を押し込む。
「残念だけどね、これで終わりだよノルディアッ!」
退がるノルディアの膝元を狙って横薙ぎに木剣を振るい、少し攻撃の速度を落として回避を誘う。
身体の重心が後ろになった不安定な体勢で、無理に足元の攻撃を避けようとすれば……当然ながら体勢を崩して後ろに倒れてしまう彼女。
そのノルディアの顔先に木剣を突きつけて。
「勝負あり、だね」
「勝負あり、ね」
アタシと王妃様の声が同時に目の前の彼女に模擬戦の敗北を宣言した。
と、同時に周囲でアタシ達の模擬戦を観戦していた兵士や騎士らから、歓声とどよめきが混じった声が挙がる。
一見、余裕を見せた勝利に見えるかもしれないが、その実アタシが木剣を握る手には汗が滲んでいたのだ。
ノルディアが、王国の1等冒険者にも匹敵する程の油断ならない猛者なのを証明するかのように。
「……も、申し訳あ、ありません……不肖ながらこのノルディア、け、剣を持つと性格が、な、何故か豹変してしまうら、らしいのです……」
一方でノルディアはというと、模擬戦が終わった後に終始先程の性格の変わりようを説明しながら頭を下げっぱなし状態だった。
王妃様もどうやら思うところがあったらしく、ノルディアの奇行について補足してくる。
「ノルディアは剣の腕は確かなのだけど……アレは「憤怒憑き」と呼ばれていてね、おかげでおいそれと模擬戦を挑む事も出来ない、と仲間からも恐れられてしまっているのよ」
「……お、王妃様にも、め、迷惑をお掛けします……」
「普段は人の目も見れないような弱気で可愛い性格なのよ、ノルディアは」
「……そ、それでも、あ、あの6年前の惨事を止めたという、け、剣の腕を間近で見せてもらえて……その、わ、私は凄く満足でした!あ、ありがとうございますっ」
正統派の剣術ではない倒し方をしたというのに、アタシの事をキラキラとした瞳で見つめてくるノルディア。
アタシは考え過ぎていたのかもしれないが。もしかすると今回の手合わせというのは……見栄とか嫉妬とか関係なく、ただノルディアが本気でアタシに興味を持ってただけって話なのかもしれない。
「うわ……アタシ、邪推し過ぎたわ……」
寧ろ……アタシと筆頭騎士との模擬戦を涼しげな顔で観戦していた王妃エスティマのほうが余程の危ない人物だった。
「あら、残念だったわ。もしアズリア様がうちの筆頭騎士に敗けたのなら……一晩ほどご一緒しようと思っていたのに」
「は、はは、は……よ、要件がそれだけなら、あ、アタシは宿に帰るとするよ……ッ!」
そう言いながら、舌舐めずりをする王妃エスティマを見て。これ以上難題を押し付けられれば、王妃様に何をされるのか……想像すると怖くなったアタシは、足早に宮殿を後にするのだった。
……背後ではまだ王妃様が何か聞いちゃならないような内容を話し続けていたが。
「もう……色々と手を尽くして、頭の中までぐちゃぐちゃのドロドロに溶かして、妾の虜に並べてあげてもよかったのですけどね──」