30話 アズリア、再び宮殿に呼ばれる
魔族の侵攻という第二章クライマックスに突入するのはもう少し先になります。
魔族に肩を借りて謁見の間から下がったアタシは、魔族らの侵攻を報告した褒賞を受け取り宮殿を後にした。
少なくない褒賞の額だったが、協力の代償として全額を魔族に手渡すと喜び勇んで帰っていった。
「……あれはアレで、案外人間臭い奴なのかもねぇ」
という感想を抱きながら、アタシは宮殿を去ることとなり。
陽が落ちてもなお蒸し暑い夜の央都を、部屋を確保していた安宿まで徒歩で帰路に着いたのだったが。
その翌日。
昨日と同じく宮殿の使者が何故かまたアタシの宿泊した宿屋へ訪れ、アタシを名指しで呼び出したのだ。部屋で身支度を終えたアタシは、一体何の要件かと思い当たる事を考えてみて。
「な、なあ、まさか……昨日の申し出を断る、という話じゃないだろうねぇ?」
昨日の案件であった帝国との軍事協力をやはり考え直したのだろうか、と心配になったのだが。
「いえ、そこまでは存じておりませんが……本日は王からの要請ではなく、近衛隊の筆頭騎士様からのご指名でございます」
と、王様に呼ばれたわけじゃないとアタシの気持ちを読んだかのように否定してくれた。
でも、筆頭騎士?
昨日はそんな肩書きの人間と顔を合わせた記憶がない……もしくはあの謁見の間に同席していたお偉いさんの中にでも紛れ込んでいたのか。
まあ、指名されて迎えにまで来られたのなら仕方ない、行くしかないか。
昨日あれだけ緊張した王の宮殿も、肩の荷を降ろした後だと気楽に通れるんだなあ、と思って宮殿への門をくぐろうとしていると、
「筆頭騎士様は宮殿内ではなく、近衛隊の演習場にてお待ちですので、そちらにアズリア様をお呼びしろとの事です。早速演習場へとご案内いたします」
と言って、宮殿と央都を分ける門をくぐり、そのまま宮殿の建物を外周沿いに案内されていくと、やがて兵士達が鍛錬をする訓練所であろう場所に到着する。
「へぇ、すごい熱気だねぇ」
シルバニアの冒険者組合にも訓練所はあったが、言っては悪いがやはり冒険者と職業軍人とでは鍛錬にかける熱意や士気が違いすぎる。
王国兵と比べても腕前はこちらのほうが上だとアタシは見る。
しかも八日後には魔族の襲撃を迎える国の存亡を賭けた事態とあって、兵士達の鍛錬への気の入り様は遠目で見ても明らかにわかるくらいだ。
すると、背後に人の気配が。
「ふふ……どうかしら、ウチの近衛軍は」
印象的な声の主のほうを振り返ると、そこにいたのは王妃エスティマ、と連れているのはお気に入りの護衛なのだろう。
だが、昨日に謁見の間で見た時の高貴で知性的な印象とはまるで違い。
王妃エスティマは、口から水煙草の白煙を吐きながら。艶やかで享楽的な印象が色濃く前面に出ている。
「街中でも話題の腕前のアズリア様の目から見て……率直な意見を聞かせてはもらえないかしら?」
「いい兵士達だね……たかが鍛錬だけど、キチンと目的をわかって鍛錬を日々積み重ねてる……それが伝わってくるのは、いい兵士の証じゃないかな?」
街中で、というのは先日、偶然再会した白薔薇のお嬢様相手に大人気なく剣を向けてしまった出来事なのだろうが。まさか王妃にすらあの出来事が知られてしまっているとは。
「それにしても、こんな場所で王妃様にもう一度面会するとは思ってもなかったよ」
「あら?……妾がこんな場所にいて意外そうな顔をしているのね」
しかし王妃自らが兵士の訓練所に足を運ぶ、とは意外だと思っていた。
失礼ながら昨日顔を合わせただけの印象だが、この王妃に限らず王族や貴族に属する女性は、大概こういった軍事面に興味を示すようには見えなかったからだ。
「……言っておきますが、戦になり直接陣頭指揮を取るのは王の役割なれば。その軍勢を管理するのは王妃である妾の役割なのですよ」
「いや、その考えは立派だと思うよ。是非とも他の国の貴族の女性に聞かせてあげたい台詞だと思ったねぇ」
これがこの国以外の国で、ならば訓練所などに王妃が姿を見せる事など滅多にない。だから王妃が訓練を見学している事態になれば兵士も多少は浮ついた雰囲気になるのが普通だ。
だが、ここの兵士はその浮ついた空気がない。
それだけでも王妃が日常的に訓練所に顔を出している、本人の言う役割を果たしている証明だと言えるのかもしれない。
「いえいえアズリア様……他国の貴族の女性は、社交界という戦場で毎晩ドレスという鎧を身に纏い戦っていらっしゃるのだから、あまり無理を言ってはいけないわよお?」
「確かに社交界はちょっとした戦争だけどね」
兵士の良し悪しを聞かれたつもりが、いつの間に他国らの王侯貴族の令嬢たちへの皮肉の応酬に変わっていたらしい。
王妃様と顔を見合わせて思わず笑ってしまう。
「アズリア……貴女なら社交界でも十分に通用すると思うのですけどねえ……ふふふ」
「ちょ、ま、な……ど、どこに触れてんだいッ?」
すると突然、王妃様の空いた側の手の指がアタシの剥き出しになった腹に触れ。優しく指を動かしながら、アタシの腹をゆっくりと撫でていく。
王妃のやたらと艶かしい指の感触に、アタシの中にある「女」の部分がグイ……と持ち上がってくる。
「あ……ぐ、ぅぅぅッ」
妙な声が口から漏れそうになるのを何とか押し殺して、アタシは腹で妖しく蠢く王妃様の手を払っていく。
「……ッて、冗談や戯れはそのくらいで。今日アタシを呼んだのは筆頭騎士とやらでなく王妃様だったんですね?」
「あら、残念ねえ。アズリアの女の顔を妾はもう少し眺めておきたかったのだけど」
……危なかった。
もう少し腹を撫でられていたら、手を払うことよりも王妃様の指の感触を味わうことを優先してしまっていただろう。
先程、王妃様を立派な人物だと思ったのだが、前言を翻させてもらおう。
だが、当のエスティマ王妃はアタシが息を整えようとするのを、ニヤニヤと愉しそうに笑顔を浮かべながら眺めながら。
水煙草の吸口を一度咥えて、白い煙をふかし。
「ふふ。いえ、呼んだのは間違いなく筆頭騎士よ。貴女が魔族を倒し、6年前にも火の魔獣を倒した英傑なのだと話したら、是非手合わせしたいと言って聞かなくて」
すると。王妃様の横に控えていた護衛だと思っていた、見た感じ化粧っ気のない誠実そうな長い黒髪を後ろで結っている女性がスッと立ち上がり、
「わ、私はアルマナ近衛隊の筆頭騎士ノルディアだ!こ、こんな時にではあるが、き、貴殿の武勇を聞かされ、いてもたってもいられなくなったのだ!」
かくや、異性に愛の告白でもするかのような勢いで、ノルディアと名乗った筆頭騎士様は。
「き、今日呼んだのは他でもない、わ、私と一戦手合わせしてくれ……ないだろうかっ!」
突然、アタシに手合わせを申し込んできたのだった。
あまり評価ポイントを気にしないつもりでしたが、気がついたら評価もブックマークも増えていたので嬉しい限りです!
評価やブックマークをしてくれた方に感謝です。




