29話 アズリア、太陽王に感謝される
「アズリア、余が預かった書状にはこの国に魔族が大挙して侵攻してくる、という看過出来ない状況が書かれていたが。それは事実なのか?」
寝耳に水だった周囲の重鎮らしき人物たちは皆信じられないという意見や、悲鳴をあげる者、魔族許すまじと士気を高める者と反応は様々だった。
それにしても……早速、書状の話に食いついてくれた。しかもその情報をこの国の重鎮らが揃っているこの場所で公開してくれたのは非常に助かった。
最初に心配していたのが、魔族の襲撃という情報を虚偽と決め付けて相手にされないこと。
一つ目のこの懸念は王が自らこの情報を公開したことで解決出来た。ならば次だ。
「……はい、事実です。書状にもありますが、火の部族内でも族長の後継問題に魔族が関与し、あわよくば再び火の魔獣の召喚を画策しておりました」
「6年前の惨事が再び起きるところであったか……だが、それはそなたの活躍によって族の呪術師に扮していた魔族を倒し阻止出来た、とあるな」
「どうやら魔族は、侵攻に邪魔になりそうな有力な部族に、仲間を潜入させて様々な計画を立てていた、と倒した魔族から聞き出しました」
「わかった。だが、さすがにそなたの発言を裏付ける証拠がないことにはな。魔族を倒したという事実と発言だけでは如何に余とて、国や兵を動かすのは難しいぞ」
アタシが解決策を模索出来なかった懸念。
そして遺憾ながら、敵側である魔族がいるからこそ示すことの出来た証拠がアタシの手元には、ある。
「それでは……こちらをご覧いただきますか」
それは魔族の手元にあった、今回のコピオスという魔族が計画した内容のごく一部が羊皮紙に記されたモノだ。
ご丁寧に人間の文字で書かれてはいないので、アタシは内容を全く読めなかったが。内容を知らないとはいえ、今は魔族を全面的に信用すると覚悟しているので心配はしていない。
王も文字が読めなかったようで、高齢の魔導師数人を呼び、羊皮紙を見せるとどうやら魔族の使う文字だと判明したようだ。
アタシは魔族に前以て聞いていた魔族の勢力について、再び太陽王に進言するために口を開く。
「襲撃は9日後、規模はおよそ5千、というのが魔族軍の勢力です。規模がおよそ、なのはこの砂漠に生息する魔物や魔獣を配下に加えているものと推測してのことです」
「……なんと、5千とは」
「それと、この情報を得るのに資金面などで協力して貰ったのが、そこにいるエルキーザです。彼には情報の価値に見合うだけの褒賞を」
再び黄金の間が周囲の声で騒めき出す。
無理もない。5千という数は国の兵力としては普通かやや少ない、といった規模だが。それは国中の兵力を総動員した時の話だ。
9日間という短い日数では、この央都にこの国の全戦力を集結することは不可能だと言わざるを得ない。
かといって、いくら国の中枢を担う都市とはいえ、9日という短い時間内に一都市で5千の兵を揃えるのも至難の業だ……よくて2千。
「実は、北の大国ドライゼルから隣国ホルハイムを攻めるための援軍を要請されていたのだが……昨日、使者の方から要請期限を先延ばしにする提案をされたのだ」
お嬢のヤツ……あんな事言いながら。
頭下げたのはまるっきりの無駄じゃなかったってコトか。だからって子供の頃の恨みが消えたわけじゃないけど、今なら酒を一杯くらいなら奢ってやってもイイ気がしていた。
「正直に言って、この魔族の侵攻に関する報告と、要請の先延ばしの提案、どちらかがなかったら……余は国を守るために民を見殺しにする選択をしなければならなかった。だから……」
突然、太陽王は腰掛けていた玉座から立ち上がるとアタシの前まで歩いてきた。
そして、王がアタシに頭を下げていたのだ。
「一国の王として、この国に生まれた民の一人として、アズリア、そしてエルキーザよ。そなたに感謝の意をこうして送りたい……ありがとう」
王のその一言で、この黄金の間にいた王妃や重鎮ら、そして警備のための兵士達全員が膝をついてアタシに頭を下げていたのだ。
横にいる魔族以外は。
確かにアタシが懸命に魔族の脅威を国王に訴えてこうして国を動かしたことで、この国は助かるのかもしれない。
だがそれは純粋にこの国を救いたかったわけではなく。ただアウロラやハティ達、縁のある人間が魔族に蹂躙されるのを放っておけなかった、ただそれだけの事だ。
だから、さすがに国王に頭を下げられているこの状況が徐々に不相応に思えてきて思わず赤面し、
「いやいやいや、よしてくださいよ国王様っ?みんなが見てますって!……それに、まだ礼を言うには早いでしょう?」
「早い……とは?どういうことだ、アズリアよ」
「国王様から礼を言われるのは、魔族の連中をこの国の皆で追い返してからじゃないんですかね?」
頭を上げてくれた太陽王は満面の笑みを謁見の場にいた全員を見回しながら、
「話は聞いた通りだ。間もなくこの地に魔族が大挙して押し寄せてくる。その数5千だ。央都に常駐するは近衛軍含めおよそ千。確かにこのままの戦力差で魔族との戦いを迎えればこちら側の甚大な被害は避けられぬだろう……」
王の言葉に皆が黙り込む。
「だが!我々は魔族に黙して屈したりはせん!」
勇ましく吼える太陽王。
続けて佩剣を抜き、天に掲げながら宣言する。
「ここにいる勇気ある我が臣下たちよ!魔族たちにアル・ラブーン国の……砂漠の民の意地と底力を共に見せつけてやろうぞ!」
『おおおおおおおおおおおッッッッ!!』
黄金の間に自分を、そしてこの場にいる全員を奮い立たせるような勝鬨の声が響き渡る。
最初はどう国王に魔族の軍勢と立ち向かってもらえるのか、そういった方面には縁の無い頭を振り絞って考えて考え抜いた末に辿り着いた最高の結果なだけにアタシ自身を褒めてやりたいところだ。
ふと肩の荷が降りてホッとしたのか、急に脚の力が抜けて膝が笑い出してしまい倒れそうになるアタシの身体を支えてくれたのは太陽王……ではなく魔族だった。
「くくく、あの羊皮紙一枚でまさか一国の王を動かしてしまうとはな、アズリア。やはりコピオスを見限ってお前の側に着いたのは儂の英断だったわ」
「は、見限ったんじゃなく捨てられたんだろ」
「ふん、言っておれ。ほれ、くだらぬ事を言う気力が残ってるなら自力で歩かんか」




