8話 アズリア、思いついた秘策とは
あの黄金蜥蜴が火を吐く瞬間、視界が大きく開いた口によって遮られる事に。
再び石を拾い上げると、今度は手甲を装着していない右手の指にナイフで傷をつけて流れる血で拾った石に文字を書き、文字を書き終えたらその石に魔力を注いでいく。
「我、勇気と共にあり。その手に炎を──ken」
すると血文字が赤く光り輝き石全体が魔力を帯びる。
これは生まれ持った右眼の魔術文字とは違い、アタシが旅の途中で手に入れることが出来た二種類の魔術文字のうちの一つ。
それが、この『ken』の魔術文字だ。
とはいえ、この魔術文字の効果といえば、松明程度の火を出すくらいなのだが。
ならば何故、野営の時に焚き火に火を付けるのに使わなかったのかというと。それには理由がある。
右眼に宿した魔術文字以外の発動には、世間一般に使われている魔法と同じく魔力を必要とする以外に、もう一つ面倒な手順が必要となるのだ。
それが……術者の血で魔術文字を書く、という動作だ。
どうやらアタシが生まれつき、右眼に宿した以外の魔術文字は。何故か、術者であるアタシ自身の血で描かないと発動しないのだ。
先程の問いの答えになるが。毎度指を切ってまで火を起すのが面倒だ、というのが魔術文字を使わなかった理由であり。
おそらくは……現在、広く一般的に使われている魔法が使われるようになったのも。
血を用いる手順があまりに面倒だったのと、「身体を傷付ける」という心理的な抵抗からなのだろう……とアタシは推測している。
面倒な魔術文字だが、何も欠点ばかりではない。
通常の火を灯す基礎魔法は雨の日や湿った薪には火を着けることが出来ないが。『ken』の魔術文字でなら、雨の中でも焚き火を起こせるように。
もしアタシの作戦が上手くいけば、あの黄金蜥蜴は……必ず隙だらけになる。
「さて、魔術文字の用意は出来た、ねぇ」
こちらの準備は整った。
後は向こう側にいる黄金蜥蜴が火を吐きやすいよう誘導するだけだ。
「ホントなら……黄金鱗と遭遇した時点で回れ右して、ランドルの旦那に冒険者連中を派遣してもらう、ってのがマトモな頭の持ち主なんだろうけどねぇ……」
アタシは岩影から音を立てないよう、ゆっくりと顔を半分出すと。
出来る限り黄金蜥蜴の正面に位置を取りながら、そこらに落ちていた石を拾い、奴の胴体に投げつけていく。
すると、再び歯をカチカチと鳴らし始める。それが火吹きの準備なのだろう。
順序を一つでも間違えたらアタシが丸焼けになる。
「生憎、アタシは負けず嫌いなんでねぇ」
もう一度、アタシは地面に落ちていた拳大の石を拾い、黄金蜥蜴の胴体目掛けて投げつける。
二度、胴体を何かが当たったことを警戒し、蜥蜴の頭があちこちへ向いて、石を飛ばしてきた相手へと歯を鳴らし威嚇を始める。
「そうだ……そうだ。そっちを向いてろよ」
うるさい程鳴らしていた威嚇の動作がピタリと止まり、頭がある方向から動かなくなる。
黄金蜥蜴の鼻の穴が大きく開くと、息を深く吸い込み腹が膨れていく。
間違いない、吐息の予備動作だ。
アタシは魔術文字を刻んだ石を握る。
その時。黄金蜥蜴がこちらへ向けて大きく口を開く。
最初から狙っていたのはその機会だった。
「これでも喰らい──やがれえッッ!」
アタシに火を浴びせ掛けるために大きく開いた、黄金蜥蜴の口の中へ目掛けて。
予め、魔術文字を刻んだ魔石をあからさまな掛け声と動作で投げ入れた。
岩影から飛び出たアタシの姿と、開いていた口に飛び込んできた拳大の石に気が付き。
黄金蜥蜴は、口に無数に生やした鋭い牙でアタシが投げ込んだ石を噛み砕く。
こちらの狙い通りに。
「よし……今だッッ!」
その瞬間。喉奥に発生した蜥蜴の火炎の吐息が、口の中に放り込んだ石の『ken』の魔術文字が反応したのか。
黄金蜥蜴の口の中が真っ赤に輝きだし、こちらへと吐息が放たれた──その直後。
蜥蜴の頭部を丸々巻き込んだ、大きな爆発が起こる。
突如、坑道内に轟音が響き渡り。
爆発で坑道全体が揺れて天井から石や砂が落下する。
「うおぉッ!……耳を塞いでても、頭に響くよぉ……ッ?」
予め、起きる事が予測出来ていたからこそ。爆発音から耳を守るためにアタシは岩陰に身を隠し、指で耳栓をしていたが。それでもまだ耳の中で爆発音が響いているような耳鳴りが続いていた。
もし、耳栓をしていなかったら。反響する爆音で耳が使い物にならなくなっていたかもしれない。
やがて爆発の揺れが収まり、周囲には肉の焦げる嫌な匂いが漂っていた。爆発で巻き起こった白黒入り混じった煙越しにだったが、蜥蜴(リザードわあの動きが止まっているのを確認したアタシは。
恐る恐る大剣を握り、岩陰から出て行くと。
「ふう……咄嗟の思い付きだけど──」
肝心の黄金蜥蜴の姿が、視界を遮る煙が徐々に晴れていき、見えるようになると。
爆発に巻き込まれた口はだらしなく開いたまま、口回りだけでなく頭の半分ほどがこんがりと黒く焦げ。
蜥蜴は完全に動きを止めてしまっていた。