27話 アズリア、魔族と再び取引する
……さすがに今回は堪えた。
いや、お嬢に酷い目に遭ったことではなく、このままでは魔族の軍勢の侵攻へ何一つマトモに打つ手がないからだった。
「はぁ……王様との謁見が叶う前に何か手が打てたらよかったんだけどね、まさかお嬢がこの国にいることで追い詰められるハメになるとはねぇ……」
お嬢との不毛な面会を終え、深い溜め息を吐きながら人通りのまばらな夜の通りを歩いていると。
何故か、誰かの視線を背中に感じていた。
アタシはその視線と気配の正体をあぶり出すために、ワザと人通りが少ない場所へと足を向ける。
そして誰も通らず、建物から漏れる灯りも少ない襲撃するには絶好の場所へ到着すると、足を止めてその視線と気配の主に向けて言い放つ。
「……そろそろ出てこいよ。アンタが誰かは知らないがアタシに用があるんだろ?」
するとアタシの背後の影がユラリと揺らめき、そこから一人分の人影が現れた。
その顔と姿は以前見たことがあるものだった。
「クク、儂の嘘を見破ったらまではよかったが、作戦の規模の大きさに手も足も出ない様子をこっそりと眺めさせてもらっていたぞ」
アンタは……魔族のエルキーザ。
今は魔族の姿じゃなく人間に化けているが。
そんなことは関係ない、とアタシは背中の大剣の握りに手をかける。
「……言ったよねえ、アタシに関わったらどうなるか。嘘の計画を話した挙げ句に、その口約束を破ってアタシの前に現れたんだ……どうなるか覚悟は出来てるんだろうねぇ」
「まあ待て待て。嘘をついたのは認めるが、今日お前の前に姿を見せたのは、話があるからだ……だからまずはその剣から手を離せ。ここは街中だ、騒ぎが起きれば困るのはお前だろう」
この魔族は、人間の立場ではこの国のどこぞの領主という話だったな、確かにそれはアタシのほうが立場は悪そうだ。
嘘をつかれた事に苛立ちは隠せないが、ここは一旦魔族の言う通り剣に伸ばした手を下ろす。
「……エルキーザ、魔族の侵攻の話を聞かせな」
「ならば都合が良い。儂がお前に話したい事というのは、まさにそのコピオス様の侵攻の詳細だ」
「……は?」
何で魔族がアタシにそんな話を?大体、魔族と人間を共存する嘘の計画まで話して逃げたくせに、今さら魔族側の情報をこちらに漏らす必要性がわからない。
「まあ、そうだろうな。だが魔族には魔族の事情があってな、火の魔獣を召喚する計画はコピオス様にとって重要だったのだ。それを失敗した儂は……」
「居場所がなくなった、とかか?」
「悔しいが正解だ。だが、この国にはまだ儂の居場所が残っている。となれば儂が今取れる最善の策はお前と人間側に手を貸してコピオス様の計画を失敗させることだ」
「……その話をアタシに信じろって?一度嘘をつかれてるってのに?」
「信用してくれるのであれば、儂自らこの国の王の前で計画の詳細を話す。どうだ?王への拝謁が叶っても何の証拠もないお前には断る選択はないと思うがな」
つまり国王との面会に魔族を連れていく必要がある……もし国王に対して何か危害を加えるつもりならば、アタシがここで首を横に振ればいいだけの話だ。
だが確かに魔族の言う通り、今のアタシではこの国を動かすだけの説得材料がなく、何の手が無かったのも悔しいが事実なのだ。
アタシは魔族の提案に乗った。
「クク、それではお前には先に計画の詳細を教えておこうか。コピオス様がこの央都アルマナを襲撃するのは今から一〇日後、規模は魔獣に魔物を合わせて約五〇〇〇。指揮官は西の魔王配下のコピオス将軍他、魔族が数名参戦する」
「……ご、五〇〇〇、だって?」
予想外の数の多さにアタシは驚いてしまった。
これまでのアタシの経験則から、魔族が小鬼や犬鬼をまとめ小規模の集団を形成する事はあっても。
今、魔族の口から告げられたのは、大きな都市で暮らす住民を遥かに超える数だ。当然、そんな数の下位魔族など相手にした経験はアタシにだって、ない。
「そうだ。その軍勢は砂漠の魔物と合流して勢力を拡大しながら、魔王領のある西側から央都に侵攻する。既に西側にあるいくつかの集落や都市は陥落しているはずだ」
「なら、その集落や都市から魔族の襲撃に遭ったって、伝令が王様に届いてるハズじゃ……」
さすがに衛兵や騎士、そして街の領主らも馬鹿ではないだろう。
もし、そんな数の小鬼や犬鬼が動き回っていたのだったら。警戒を強めて、警備を強化するなり、偵察隊を派遣するなり何かしらの手段を取り。異変を周囲の都市や央都へと連絡すると思ったのだが。
そんなアタシの異論を鼻で笑い、否定する魔族。
「儂やマフリートのような魔族が潜入して都市の内側を混乱させ、相互の都市間の連絡を邪魔する計画を実行していたからな、もしくは連中の目を潜りぬけて伝令が出たかもしれんが……可能性は低いだろうな」
確かに火の集落でも、魔族二人に扇動されていた現族長の息子のリュードラ派のせいで、余所者への警戒心はやたら高かった記憶がある。
その上、火の魔獣の召喚がもし成功していたらどれだけの甚大な被害が出たかと思うと、魔族の話に俄然信憑性が出てきた。
「どうかな?儂の話を信用してもらえる材料に少しはなったかな」
「ち、ッ……悔しいけど、アンタの言葉を信じない理由が見つからない、ねぇ……」
アタシは握っていた大剣の切先を地面へと下ろし、警戒を解いたような仕草を見せた。
魔族から聞かされたのは、頭の中にある計画ではない。既に実行されてしまった後の結果なのだ。
ならば今、アタシが出来得る最善の方法は。
魔族にこの場は屈した振りをしてでも、敵勢力の情報を出来る限り聞き出す事なのだから。
「……そんな話を聞かされたらどちらにしろ、アンタを信用して動くしか手はないだろ……まったく、魔族ってのは嫌な性格してるねぇ、ホント」
「それでこその魔族だからな。お前に計画を潰された時は殺してやりたいと思ったが、今はその悔しそうな顔を見れて、儂も少しは気が晴れたぞ、ククク」




