26話 アズリア、白薔薇姫に頭を下げる
「……それでわざわざ私に面会を希望してきた、というわけですか。我が帝国民ですらない群衆らの前であれだけ晒し者にしておきながら……」
結局、あの後オログと二人で色々と話し合ってみたものの、これといって良い案が浮かばなかった。
その夜、オログにお嬢から宿泊している宿屋を聞き出したアタシは、その足で面会を求めて央都で一番豪勢な宿に向かったのだった。
お嬢は面会の申し出を受けてはくれたものの、腕を組み明らかに不機嫌そうな表情を隠すことなくアタシの前に立っていた。
そんなお嬢にアタシは頭を下げ、
「あんな事になったのは悪いとは思ってる、アタシが頭を下げてお嬢の気が済むのなら何度でも下げる。だからアタシの話を聞いてくれ」
「ほう……面白い事を言いますね。今更帝国から逃げた愚か者のあなたから一体何を聞けというのかしら?」
「この国に魔族が軍勢を率いて攻め込んでくる。だからお嬢……アンタが帝国の使者として国王に援軍を要請するのを中止してもらいたいんだ」
アタシは頭を下げたまま、お嬢へ使者としての役割を放棄して欲しいと頼む。
随分と虫のいい話だとはアタシも思っている。
だから今夜は、お嬢がこの条件を飲んでくれる可能性があるのなら、アタシに出来ることは何でもしようという覚悟を決めていた。
「この国に魔族が……それは面白い話を聞かせてもらいましたわ……それで?」
「……愚か者のアタシに、これ以上何を求めるって言うんだい?」
するとお嬢は腰から短鞭を取り出し、アタシの膝を打ってくる。
「私にあれだけの屈辱を与えておきながら、ただ頭を下げただけで謝罪を意が伝わると本気で思っているのなら、本当に救いがないですわね」
何とか平静を保とうとしながらも苛立ちを隠せない口調で、膝を何度も打つ短鞭の間隔が徐々に早くなってくる。
どうやらお嬢は、アタシの膝を地面につかせて頭を下げさせたいようだ。
「何をしているのです。早く……早く足元で跪いて頭を地に擦りながら私に向けて誠心誠意謝りなさいなッッ!」
いつまでも膝をつかないアタシの態度についに我慢の限界を迎えたのか、声に怒りを込めながら、短鞭を膝にではなく肩口を乱暴に打ちつけてきた。
アタシはお嬢の言う通りに膝をついて、地面に額が当たるまで頭を下げた。
「……お許し下さいベルローゼ様」
「そう!その屈服する姿と、私に無様に謝罪する!その姿がずっと見たかったのですわ!オ──ッホッホッホ!」
するとお嬢の足が後頭部に乗せられ、頭を踏みにじられる体勢となった。そのまま足に力が入り、額が地面と擦れる痛みを感じながら耳に入ってくるのは、まるで勝利を確信したような高笑いの声だった。
「まあ……あなたごときの謝罪では帝国の使者たる私の役割を放棄させるには足りませんが、私個人としては気分がとても晴々としたので満足としましょう」
「そ、それじゃあ、援軍の要請は……」
「だから言ったでしょう愚か者……私は使者の役割は放棄しない、と。だから昼間の無礼は許してあげる……それだけですわ」
頭を踏む足がどかされたので頭を上げると、身を屈めたお嬢の持つ短鞭を顎に当てられて無理やり顔を持ち上げられ。
最初の苛ついていた表情ではなく、満足そうに笑みを浮かべるお嬢の顔が強制的に視界に入り、
「……面会の時間はこれで終わりですわ。私に頼めばどうにかなる、と思ったのでしたら当てが外れましたわね。帝国の白薔薇を背負う、というのはそんな簡単ではないのです」
膝をついたままのアタシをその場に置き去りにして、宿の建物へと帰っていくお嬢。
去り際にこちらを振り向き、ボソリと小さな声で何かを呟いたような気がしたが、その声をアタシが聞き取ることは出来なかった。
何故なら、唯一思いついた「お嬢への謝罪」という一手がまったくの無駄に終わってしまった結末に、アタシは無言のまま拳を握り、地面を何度も殴り付けて悔しさを吐き出していたからだった。
ベルローゼ嬢が最後に何を呟いたのかは、多分二章終了後の閑話で書こうと思っています。




