24話 アズリア、白薔薇姫と剣を交える
お嬢は、こちらに何とも嫌悪感を露わにした視線を向けながら。
面倒くさい、という雰囲気を隠す気もなく。挑発的な言葉を投げ掛けてくる。
「ああ、確か……アズリアという名でしたね。帝国の恩恵をわざわざ捨てる愚か者ですから、てっきり荒野でのたれ死んでいると思いましたわ」
「生憎と身体は丈夫なんだよ……誰かさんのせいで毎日が地獄だったからねぇ」
従者の男らがこちらに向かって飛び掛かってこようとするのを、ベルローゼがそれを制する。
……まではよかったのだが、その後に従者に向かって腰の馬に振るう短鞭を振り下ろしたのだ。
「何を従者ごときが勝手に出過ぎた真似をっ!この愚か者と話をしているのは私ですわ!」
「……子供の頃から変わっていないねぇ、その態度」
この女、ベルローゼ・デア・エーデワルトは。北に位置するドライゼル帝国の三公爵家の一つ、エーデワルト家の唯一の公爵令嬢なのだ。
幼い頃から周囲の人間に「白薔薇姫」などという呼び名が付けられ、花よ花よと育てられたのだろう。自分の要求が通らない時にはあのように癇癪を起こし、周囲に当たり散らすのだ。
ちなみに「お嬢」とアタシが呼んでいるのは、子供の頃に接点を持ってしまったこの女の呼び名だったりする。
「あのさ、用がないのならアタシは行くよ。お嬢と違ってアタシは暇じゃないんでね」
関わり合いになりたくない相手とは、さっさと袂を分かつに限る。
アタシはお嬢が従者に鞭を振るい、憂さを晴らしている隙にこの場を立ち去ろうとするが。
「ま……待ちなさいこの愚か者っ! 私が口をきいてあげているのに無断で立ち去ろうとは何事ですか!大体あなたは勝手に──」
「いい加減にしな、お嬢。ここはアンタのお膝元じゃないんだ、守ってくれる公爵サマはいないんだよ」
甲高い声でアタシの退場を邪魔してきたお嬢を、殺気を込めた眼で睨みつけながら。アタシは背中に背負った幅広剣の握りに手を掛けていく。
「それでも道を譲らないッてんなら……コレで判らせてやってもアタシはいいんだけど、ねぇ?」
「う……ぐ……っ?」
最初は放った殺気をマトモに受けて、一瞬怯んだベルローゼだったが。すぐに威勢を取り戻し、同じく佩剣した細身の刺突剣に手を掛けていく。
「残念でしたわね、私はもう令嬢ではなく正真正銘のエーデワルト公爵家当主なのです。そもそも私は守られる立場ではなく国を、民を守るべき強く美しい人間ですわ」
躊躇する様子も見せず、鞘から細い刺突剣の刀身をスラリと抜いたお嬢は。
刺突剣の鋭利な切先をアタシへと向け。
「そこは訂正し謝罪しなさい! 今すぐにっ!」
「……いいのかい?その剣を抜いたら冗談じゃ済まないよ」
怒気を孕み、謝罪を要求するお嬢の一喝は。思わず遠巻きにアタシらを観戦している見物人らも謝りそうになる迫力を持っていたが。
アタシは強い圧にも怯む様子は見せず、こちらを睨みつけるお嬢の眼を真っ直ぐに見つめ返し。
「はぁ……公爵サマだろうが他人の国で人様に喧嘩を売って、挙句に謝罪しろとか、もう冗談にしては笑えないけどねぇ」
「そこまで、帝国から尻尾を巻いて逃げ出した愚か者に侮辱されては、私も冗談では済ませるつもりもありません。覚悟しなさいな」
最初はアタシとお嬢、二人の言い争いに周りを囲んでいた野次馬は無責任に「やれ、やれ!」だの「負けるな」だの煽っていたが。
どちらも洒落ではなく本気なのだと理解した途端に野次馬の囲みは何が起きても巻き添えを喰わないように徐々に遠巻きとなっていった。
そして────
「神よ、我に仇為す者に鉄槌を────白銀の腕!」
「我に巨人の腕と翼を────wunjo」
ベルローゼとアタシ、二人の口からボソリと「力持つ言葉」が発せられ、アズリアの右眼が赤く輝き全身に筋力を増す魔力が浸透していき、一方でベルローゼの身体が白い光に包まれた次の瞬間。
アタシが背中の幅広剣を振り下ろした一撃を、ベルローゼの刺突剣が刀身をしならせながら受け流し、その反動を利用し返し突きを試みる。
返し突きとは。
必要最低限の動作で相手からの攻撃を受け流す、もしくは回避した動作を利用して。攻撃を空振り、隙を見せた対象へと、反撃に鋭い刺突を繰り出す高等技術だ。
──だが、ベルローゼにとって想定外の事態が起きる。
アタシが放った一撃の負荷に、刺突剣の刀身が|耐えきれなかったようで。返し突き(リポスト)の途中でポキリと刺突剣が真っ二つに折れてしまったのだ。
その隙を見逃さず、受け流され崩された体勢を既に立て直し終えていたアタシの幅広剣が。横薙ぎに振られ、ベルローゼの身体に命中する寸前でその剣が止められる。
「……勝負はアタシの勝ちだね。何か言い訳はあるかい、お嬢?」
多分、この攻防を野次馬のほとんどは。何が起きたのかわからないままベルローゼの剣が折れ、アタシが剣を突きつけているようにしか見えなかっただろう。
「あ……ぐ……っ、っっ……」
ちなみにたった今、お嬢が使った「銀の右腕」なる魔法は神を信仰する聖職者や治癒術師らが使える神聖魔法の一つで、アタシの使った「wunjo」と同じく全身の筋肉を強化する効果がある。
余談だが、この世界には五柱の神とその教会がそれぞれ存在しており、どの神を信仰しているかによって行使出来る神聖魔法も違う。
「な……何故っ、剣を止めたのですか! 私は負けたのです! ならお斬りなさい! 早く!」
「いや、さすがに都市の往来で人を斬り殺したらアタシが捕まっちまうだろ?」
当然ながら、砂漠の国でも街の往来での殺傷事は禁じられているし、犯人には厳しい罰が下される。
お嬢には恨みこそあれど、幼少期の記憶はアタシにとって忌むべき出来事であって。こんな形でお嬢に復讐を果たしたい、とは考えてもいなかった。
それに……お嬢の得物が刀身の頼りない刺突剣なんかではなく、もっと頑丈な剣だったら。こんな簡単に遇らってやるのは難しかったかもしれなかった。
「……くっ、愚か者に負けた上に、騎士の誇りたる剣を折られ、さらに情けまでかけられてしまうとは……私、二重……いえ、三重の屈辱ですわ……」
その場で膝を折り、泣き崩れ落ちるお嬢を放置して今度こそこの場をアタシは立ち去る。
「……いやいやいや、ッ」
令嬢じゃなく、跡を継いで当主になったってことは今は帝国に三人しか許されてない公爵サマなんだよな?
だったら尚更こんなとこにいちゃ駄目だろ?
本来なら、この国に滞在している理由を聞いておくべきだったが、正直お嬢にはあまり関わりなくないのだ。
「白銀の腕」
戦神への信仰心を光の魔力へと変換する効果と、その光の魔力を全身へと巡らせ筋力や敏捷性を上昇させる身体能力の強化の両方を一度の発動で行う。
戦神を信仰する敬遠な信者にのみ継承される特殊な神聖魔法。




