23話 アズリア、白薔薇姫と再会する
央都の大通りを歩くと、色々な香辛料の香りが鼻腔をくすぐる。
屋台を見れば、定番の串焼きだけでなく小麦の粉を練った生地を丸めて蒸しあげたものや、同じ生地を細く糸状に切り湯に通してスープと一緒に食べる料理、そして砂漠でしか見ない食材の数々が市場にズラリと並んでいた。
……もう我慢の限界だ。
朝露草を売った時に稼いだ懐のメルーナ金貨は、この大通りで全ての屋台料理を買っても余りある。
早速、目の前にあった屋台で料理を注文すると、出てきたのは猪肉のあばら骨についた肉と薬草の茶色いスープだった。
「や、薬草……だ、大丈夫、これは屋台で売ってる料理で、ユメリアが作ったモノじゃない……」
恐る恐るスープを口にすると……美味いっ!
何だろう、骨がドーンと浮かんだ強烈な見た目と違い身体に染み込んでくる美味しさなのだ。
薬草の苦味は確かにあるが、それが嫌味でなく猪肉の脂をサッパリと食べられる清涼感になっている。
猪肉のあばら肉も骨から簡単に剥がれてとても柔らかく煮られ、口に入れるとトロリと溶けていく。
「最初の一軒目でこんなに当たりを引いたら、逆に他の屋台を回るのが怖くなってくるよ」
アタシのお腹が限界を迎えるのが。
それからは屋台を巡っては、央都で出てくる屋台料理を食べ尽くす勢いで、次から次へと砂漠ならではの料理を中心に食べ歩いていく。
ヤシの実の中の果汁は薄味だが美味かった。
小麦の生地を直火で焼いた即席パンは香ばしく焼けた部分とふっくらした部分が黒パンより美味かった。今度野営の時にやってみたい。
サボテンはアウロラに食べさせてもらったが、サボテンで作った酒は初めて飲んだ。喉が焼けるような強い酒だったが美味かった。
「げぷぅ……ふう〜どれもこれも美味かったぁ〜……」
今は食べ過ぎてお腹が苦しいので、一旦屋台のある市場通りを後にし、確保した宿の付近にあった噴水を腹をさすりながら眺めていたところだ。
こうやって噴水を行き交う人らを見ていると、この国に魔族が大挙して襲ってくるなんてこの人たちは夢にも思っていないだろう。
太陽王とやらがアタシの話を無条件に信じてくれれば良いが、それでもアタシがこの国に出来るのはここまでだ。
もし信じて貰えなければ、最悪ハティやユメリア、そしてアウロラ達を守るためだけにアタシは剣を振るうつもりだ。
そんな事を考えていると、噴水の向こう側にいつの間にか人だかりが出来ていて騒ぎになっていた。
何が起きてるのかはここからではわからないが、どうも女の甲高い声が聞こえてくる。
……その声を聞いて、背中にゾワッとした悪寒が走る。
その悪寒を感じさせる声の主は、徐々にではあるがアタシのいる場所に近づいてきているように思う。
直感と身体の反応を信じてこの場をすぐに立ち去ればよかったのだが、好奇心と食べ過ぎて張った腹のせいでその判断が遅れ。
「何ですの⁉︎この国は何処へ行っても砂だらけでっ?宿には浴場もないっ!ならばこの私に下々の者たちと一緒に公衆浴場に行け、というのですか?この私を誰だと……」
その傲慢な言い分と口喧しい声の主を見て、忌まわしき過去の記憶が蘇ってくる。
波を打ったような長い金髪を縦巻きにし、宝石のような綺麗な碧眼、そして人形のような白い肌……特徴的な吊り目に白い聖騎士鎧に彫られた見覚えのある白薔薇の紋章。
……あれは帝国のエーデワルト公爵家の紋章だ。
「……間違いない。アタシがあの紋章を見間違えるハズがないよ……何で、何であの女がここに……っ!」
憎々しげにその口喧しい白薔薇の紋章を掲げる女を睨むアタシの視線にどうやら向こうも感付いたようで。
騒ぎを聞きつけ集まってきた群衆を、女の側に控える従者二人がかりでかき分けて主人のための道を作り。
その主人がアタシに歩み寄ってきたのだ。
「あら?珍しい場所で逢いましたわね、確か……呪われた子、と記憶にはありますが名前が出てきませんわね」
「……アズリアだ。そちらこそ帝国を出て何してるんだよ……お嬢」
白薔薇姫、ベルローゼ・デア・エーデワルト。




