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24話 ユメリア、母親の無念を委ねる

 だが、立ち上がろうとする気配のないアズリアへと駆け寄り、魔獣から庇うかのように立ちはだかったのは。

 脚を震わせていたままのハティではなかった。

 

「大丈夫ですか、アズリア様っっ⁉︎」


 その人物とは。魔獣が出現し、集落で暴れ回り始めてからその所在が一切不明だった妹のユメリアだった。

 ユメリアは、接近してくる魔獣には目も暮れずに倒れているアズリアへと触れると。


「あ……アン、タ……ッ?」

「喋らないで下さいっ、今……治癒魔法を使いますから、ジッとしてて下さいねっ!」


 口から血を吐きながら、何とか起き上がろうとするアズリアに。

 母親から教わったばかりの治癒魔法を使うために、決められた予備動作を行い。詠唱を紡いだ後に魔法を発動していく。


「大地に満ちたる母なる生命の息吹よ 傷を癒せ──小治癒(ロウヒーリング)


 ユメリアが使ったのは、今のアズリアが負った傷を治療するには到底足りない威力の初歩の治癒魔法だ。


「アズリア様……犠牲になった集落の皆さんの……そして、私の母の後を追っては駄目……です」


 精々が、ボロボロになった左腕の傷が多少塞がった程度だったのだが。

 それでも──アズリアは片膝を立てながら、ゆっくりと身体を起こしていく。


「は……ははッ、ゆ、ユメリア……だっけ……ありがとね……かなり、身体が楽になった……よッ」


 まだ息を荒らげながら、ではあり。ボロボロになった左腕は動かせていない状態ではあったアズリアだったが。

 大剣を支えとしながら、魔獣が到達するより前に両の脚で立ち上がると。

 今度は二、三歩ほど前に出て。治癒魔法を使うために駆け寄ってくれたユメリアを庇うかのように、大剣を握った右腕を伸ばしていく。


「さあ……危ないからさ、下がってな」

「で、でもっ……ひっっ⁉︎」


 最初こそ、アズリアに戦場から離脱するように(さと)されたことに、拒否しようとしたユメリアだったが。

 間近にまで迫っていた魔獣の姿を見たからだろうか。急に怯えたような声を発して、身体を震わせながらその場へと座り込んでしまう。

 

「ゆ、ユメリアっっ……」


 先程、ユメリアが口にした言葉をハティは聞き逃してはいなかった。(すなわ)ち、父親だけでなく母親もまた魔獣によって生命を落としたことを知ってしまう。

 そして兄であるハティから見たユメリアは、少々思い込みの激しい部分のある妹だ。

 おそらくは……血塗れで倒れていたアズリアを何処かから見て。母親を失った怒りと悲しみから、いても経ってもいられずに飛び出してしまったのだろう。

 そして、治癒魔法を使うという目的を終えて初めて、魔獣という存在の恐怖をようやく認識してしまったに違いない。


 そう考えていたハティは、脚の震えがいつの間にか止まっているのに気がつく。

 残された唯一の肉親であるユメリアを今、救えるのは自分だけだということにも。

 

「こちらへ行くぞ、ユメリアっ!」

「お……お兄様っ?」


 そう思ったハティの身体は、勝手に動き出していた。

 座り込んだまま立ち上がれなかったユメリアの手を握り、無理やり立ち上がらせると。アズリアと魔獣との戦闘に巻き込まれない距離にまで、ユメリアを引っ張っていく。

 

「ありがたいねぇ……これで後ろを気にせず戦えるよ……ッ」


 アズリアも背後を一瞥(いちべつ)し、ハティが動けなくなったユメリアが安全な場所にまで移動していったのを確認すると。

 今度は自分が負った傷の具合を、逐一(ちくいち)確認していく。


 左腕は傷を負っただけでなく、骨が折れている。戦闘では使い物にはならないだろう。

 だが、咄嗟(とっさ)に腕一本を犠牲にしたお陰で、魔獣の爪で胴体に致命的な傷を受けるのは何とか避けられた。

 ……それでも左腕からの血が多く流れ過ぎ、長く戦闘を続けるのは難しいだろう。


 迫って来る魔獣へと向き直ると、ハティもユメリアも怯えて動けなくなる程の魔獣の威圧感をも払い除け。

 再び、アズリアの右眼に赤い眼光(ひかり)が灯ると同時に。


「──行くぜ」


 最初の踏み込みとはまるで違い、彼女(アズリア)が蹴り出した地面の土が後ろに吹き飛ぶ程の勢いで。

 弓から放たれる矢を超える速度で突貫し、ハティ以上の全長を誇る巨大な剣を右腕一本で軽々と扱う女傭兵は。

 まさに電光石火と呼ぶに相応(ふさわ)しい速度で突撃する。

 魔獣の振るう前脚では最早(もはや)その速度を捉えることが出来ず、容易に懐へと潜り込むのを許してしまう。

 ──そして。


「オオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎」


 頭上に大きく振り上げるのではなく、大剣の切先を魔獣に向け。胸の前に水平に構えた右手に握った大剣を、弓の(つる)を引き絞るように後ろへと一度大きく引くと。

 凄まじい突進の勢いと、一度引いた構えから大剣を突き出す膂力(りょりょく)を乗せ。

 魔獣の胴体部、先程斬り裂いた腹部よりも上の心の臓を目掛け────必殺の刺突を放つ。

 深夜の集落の外れにて魔族マフリートとの戦闘で見せた、残像が生まれる程のアズリア必殺の刺突「電光一閃(ブリッツクリーク)」の元祖とも呼べる一撃。


 しかも、である。

 

 魔獣にとって最悪だったのが、突撃してくるアズリアを迎撃する手段に口から吐く炎を選択してしまったために。

 アズリアが放った凄まじい刺突の一直線上には、炎を吐くために魔獣の頭部と大きく開いた口があったのだ。

 凄まじい速度で繰り出された巨大な剣は魔獣の上顎(うわあご)易々(やすやす)と貫通し。一度(あご)から飛び出した切先が頭部へと潜り込み、後頭部から再び顔を出す。


「はッ……散々、人間を殺してきた(むく)いッてヤツだ……ざまぁないねぇッ」


 と同時に、大剣と一緒に突撃した結果。大きく開かれた魔獣の口内に深々と侵入してしまったアズリアに。

 魔獣は最後の足掻(あが)きとばかりに、(あご)を閉じて口内のアズリアを鋭い牙で噛み千切(ちぎ)ろうとしたのだろう。

 だが、いくら(あご)に力を込めても。上顎(うわあご)は大剣が貫通し、魔獣の意図に反して閉まらず噛み合わせることが出来なかった。

 アズリアの必殺の一撃は、魔獣の最後の足掻(あが)きさえ封じてしまっていたのだ。


 グ……ガ、ガガガ……ガガガカガ……ッ……

 

 途切れ途切れな断末魔の鳴き声を漏らしながら、魔獣の身体から突然力が抜け。

 二足で直立していた魔獣は地に伏して倒れ、そのまま微動だにしなくなっていた。


 こうして、一夜にして実にハティらの集落の半数を死に追いやった魔獣の脅威は。アズリアの尽力によって「半数で」喰い止める事が出来た。

 だが、アズリアの左腕の負傷は予想以上に(ひど)く。治療を終えるまでに治癒魔法を用いてなお、半月以上を要することとなった──が。


 ◇


 ユメリアが用意した、眠りを誘う薬湯(やくとう)を互いに一杯ずつ飲み干しながら。

 ちょうど「(ギザ)の魔獣」と後に名付けた魔獣とアズリアとの死闘を振り返り終えると。


「ふふ、あの頃からユメリア……お前はオレ以上に直情的で、アズにべったりだったんだな」

「まあ、お兄様ったら。ふふ、でも……そうかもしれませんね」


 兄が薬湯(やくとう)を飲み干していたことに気付いたユメリアは。

 もう一度薬湯(やくとう)を用意しようと、ハティの前に置かれた器に視線を向けるが。


「もう一杯飲みますか、お兄様?」

「いや、やめとく。あまり飲み過ぎるとお前の薬湯(やくとう)が効きすぎて、寝過ごしてしまうからな」


 そう言って二人の兄妹(ハティとユメリア)は、憧憬(どうけい)慕情(ぼじょう)、そして懐古と悔悟(かいこ)の入り混じった複雑な感情で。

 奥で寝息を立てていた女傭兵へと視線を向けていた。


「ありがとな、アズ」

「ありがとうございます……アズリア様」


 奥の寝室にて、深い眠りに就いているアズリアは気が付いていないのだったが。

 かつて六年も前に、自分が魔獣と死闘を繰り広げた場所こそが。実はアズ湖だということを。

 魔獣によって建物を焼かれ、移動を余儀(よぎ)なくされた集落は現在、砂漠に突然湧き出したアズ湖の湖底に沈んでしまっていた。


 アズリアが倒した後に何故か謎の鉱物と化してしまった、精霊界から召喚された魔獣とともに。

唐突に挟んだ六年前の回想録でしたが。

これにて終了となります。


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