21話 アズリア、悪夢を見て涙する
そういえば魔族についての説明がほとんどされてなかったと思ったので、14話に魔族の説明を少しだけ補足しておきました。
結局、ハティの家に到着してから姿が見えないのをいいことに水の精霊は本当に膝枕を強要してきた。
さすがに膝枕で寝ないと泣くと駄々を捏ねられたらやるしかないだろ……姿は大人の女性なのに中身は子供なんだよなぁ……
またも朝帰りしてしまったが、ユメリアは今回アタシを叱ったり事情を聞いてくることもなくすぐに寝室に連れて行ってくれた。
まあ、今回は前もってリュードラの屋敷に潜入することは匂わせておいたからかもしれないけど。
寝ている間、何か子供の頃の夢を見てた。
まだアタシが子供だった頃、大人達から「忌み子」と忌み嫌われ避けられていたが、子供達は他の子とアタシを差別せず変わらずに隣人で、友達でいてくれていた。
アタシが住んでいた地域には、皆に慕われる「白薔薇姫」と呼ばれていた貴族のお嬢様がいた。
そのお嬢様は事あるごとに何故かアタシに対してのみ服従を求めてきた。そんなある日、アタシの肌の色を「気味が悪い」と言った事で周囲の子供達のアタシを見る目が変わったのだった。
とても悲しかった。
あるいは、アタシが貴族が嫌いなのはこの出来事を今もなお心の中で引き摺っているからかもしれない。
「……大丈夫ですか、アズリアさん?その、寝ていたのですが、涙を流してうなされていたので心配になってつい……」
目覚めると、ユメリアがアタシの顔を心配そうに見つめていた。
……何だろう、夢を見ていたことは朧げながら覚えがあるが、その内容を思い出せない。
だけどユメリアが泣いていた、と言うのなら泣いていたのだろう。これ以上は心配をかけまいと起こしてくれた彼女に声を掛ける。
「いや、大丈夫だよ。わざわざ起こしに来てくれてありがとねユメリア」
「い、いえ……アズリアさんがそう言うのであれば杞憂でしたね。さあ、お兄様はこちらで待たせてありますわ」
するとユメリアは居間へと手招きしてくれる。
窓を少し覗くと、既に陽が昇ってから相当の時間が経っていたようで。集落の男と言えば、もっと朝早くから目覚めている筈なのに。
「え? アタシが起きるまで待っていてくれてたってのかい?」
「アズリアさんに待てと言われたらお兄様は多分いつ迄でも待つと思いますよ? それに……」
「ん、それに?」
「調査は任せろ、と言っての朝帰りだったのですから、きっと貴重な情報を聞かせて貰えると私も期待してます。ええ、ええ、本当に……」
そう話すユメリアは笑顔を浮かべていたのだが。
そんな彼女の身体からは、浮かべている表情とはまるで違い。
まるでアタシに有無を言わせぬ妙な威圧感を漂わせていた。
「……ゔッ」
確かに、族長に手を貸していた怪しい人物を深追いする余り。帰りが遅くなってしまい二人にいらぬ心配を掛けてしまったことは反省すべき点だが。
でもユメリア、この集落に危害を加えようとした魔族を撃退してきたんだから、今回は許して貰えないかなぁ……と心で願いながらも。
怖い雰囲気を纏ったユメリアに連れられて居間へとやってくると、彼女が言っていたようにハティが待っていた。
「で、どうだった?」
「えーと、正直に言うと……魔族が二体ほど紛れ込んでた。マフリートという呪術師とエルキーザという男」
「……ま、魔族が二体、だと?」
「事は急を要します!お兄様は族長以外の皆を急いで召集を!私は術士を集めます!」
「頼むぞユメリアっ!」
魔族、と聞いた途端にハティもユメリアも顔色をサッと変えて席を立ち上がるが。
アタシは慌てる二人を両手で制していく。
「待て待て、話を聞けってば二人とも。まだアタシの話が途中だろ? 大丈夫。魔族だったマフリートはアタシがとっくに倒してきたから」
二人を止めた理由を聞いて、腰を下ろしたハティとユメリアだったが。
今度は口を開けたままで、呆れるような表情を浮かべながら。
「……は?……ま、魔族を、アズ一人でか?」
「だからヘトヘトになって朝帰りになっちまったんだけどねぇ……」
さっきの仕返しとばかりに目を細めてユメリアを見ながら恨み節をつらつらと語る。
その話を聞いてユメリアはアタシに慌てて頭を下げて謝罪してくる。
「だから、火の魔獣が召喚されることは絶対にない。あとはリュードラの問題だけど……そっちはハティに任せていいだろ?」
「……あ、ああ、勿論だ。リュードラのように昔に戻りたいと思ってる人はほとんどいないからな。あとは俺に任せてくれ」
身内褒めするわけじゃないが、この部族でのハティの人望は本物だ。
元々魔族以外のことについて口出しするつもりもなかったので。ここはハティの「俺に任せろ」という言葉を信じることにした。
「……で、この話はここからが本番なんだ。どうやらコピオスとかいう魔族が軍勢を引き連れてこの砂漠の国を攻めてくるらしい」
アタシの発言に沈黙する二人。
時折り、魔獣などが群れを成して街や集落を襲撃する「暴走」という現象を起こし甚大な被害を受けることはあるが、起こすのが魔獣ではなく魔族なのだからより大損害をこの国に及ぼすだろう。
それに人間数人で立ち向かう術などないに等しい。
「だから魔族に対抗するために、まずアタシはこの国の王様にこの事実を伝えてこようと思うんだ」
もちろんアタシの発言を裏付ける証拠の品など何もない。
だから、いきなり面会を希望しても断られる可能性は高いだろうし、面会が叶ったところで信じてもらうのは難しいだろう。
「それでも最悪、誰からも信じてもらえないまま魔族の軍勢の大々的な襲撃を受けるかもしれない。その時は──」
「その時は俺たち火の部族がアズ、お前の剣になり盾になって戦おう……少なくとも俺はアズの隣で戦うことを誓うぞ」
「もちろん私も一緒ですわ、お兄様」
するとハティがアタシの手をいきなり握ってきたと思うと、まじまじとこちらを熱を帯びた眼で見つめながら、
「六年前に一度、そして今回で二度俺たち火の部族はアズに生命を助けられ、この地に湖の恩恵をくれた大恩がある。その恩を返すとしたら、そんなコトくらいしかないだろう」
「どちらにせよ、アズリアさんの言う最悪の事態になってしまったら被害を完全に防ぐのは難しいでしょう。ならば私はアズリアさんについて行く選択が最善だと思いますから」
ハティの手の上からユメリアの手が重ねられる。
「わかったよ二人とも。いよいよの時はハティとユメリア、二人の生命をアタシに預けてもらっても……いいかい?」
アタシの言葉に無言で頷く二人。
大恩があるのはアタシも同じなんだけどね。
だから、二人に生命を賭けさせるような真似は何としてでも回避しないといけない。
そう思いながらラクダを連れてアズリアは一路、央都アルマナへと出発していったのだった。




