7話 アズリア、危険な蜥蜴と遭遇する
見張りの蜥蜴を倒してからの、坑道内部の探索はすこぶる順調だった。
ランドルの旦那には予め、坑道の地図を用意してもらっておいたのもあったが。
群れを成している、と想定していた鉄蜥蜴だったが。入口以降は、地図に記されていた鉄鉱石の採掘場所に一匹ずつ、単体でしか姿を見せなかったからだ。
鉄鱗単体ならば、右眼の魔術文字を発動させなくても討伐するのは可能ではあったが。とはいえ、アタシの魔力容量にも限度というものがある。
「これでッッ……八匹目ッッ!」
アタシは、大剣に付着した蜥蜴の体液を拭う間もなく、目の前に出現した鉄蜥蜴の頭部へと刃を振り下ろすと。
餌である鉄鉱石を貪り喰らうのに夢中だった、哀れな八匹目の魔物の頭蓋を一撃で叩き割った。
その後、さすがに疲労が顔に出たのか、額に浮いた汗の粒を。蜥蜴の返り血を浴びていない右手で拭い。
一つ息を吐いて脚を止め、ランドルから受け取った地図上に、戦闘を行なった位置に印を記していく。
「ッて……まだ探索終わりじゃないんだよなぁ、うへぇ……まったく。この坑道にゃ一体何匹の鉄蜥蜴が居座ってんだか……」
鱗を叩き割り、大剣が肉に喰い込む傷口から噴き出た鉄蜥蜴の血を身体に浴び。酷い血の匂いに思わず声を漏らすアタシ。
この坑道、あまりにも鉄蜥蜴が棲み着き過ぎなのだ。
鉱山にのみ生息する鉱蜥蜴だが、普通は遭遇しても二、三匹といったところが相場だが。アタシが倒した蜥蜴の数は、これで八匹……明らかに棲み付いている数が多すぎる。
「いくら鉄鱗が金になるからって、この数……いい加減、ウンザリだよ、ッたく」
餌場では、鉱蜥蜴と単体でしか遭遇しなかったのは幸運だったが。行く先行く先、どの採掘箇所にも鉄鱗がいたのには、さすがに辟易としてきた。
遭遇し倒した鉄鱗の鉱蜥蜴の数が十を超えた辺りからは、アタシはもういい加減ウンザリしていたのか。
半ば作業的に、鉄鱗の頭に大剣を振り下ろし、頭蓋や背骨を砕き割っていたからだ。
「地図だと、こっちで最後なんだけど、ねぇ……」
坑道の地図を指で擦りながら。
ようやく印がない道があと一本となり、溜め息を吐きながら先へと進んでいくアタシ。
「ふぅぅ、ようやくここが最後の採掘場所かぁ……ん?」
ランドルから借りた坑道の地図。
その最後に残した採掘場所はこの坑道の一番奥にある、多分鉱蜥蜴に占拠される直前まで掘り進めていた場所へと到着する。
しかし、そこでアタシの視界に映ったのは。
「──ん?」
岩陰からのそり……と姿を見せる一匹の鉱蜥蜴だった。
こちらの接近に気づかずに一心不乱に鉱石を喰らっているその鉱蜥蜴は、今までと同じ状況だったが。
今までに遭遇してきた鉄鱗とは、まず見た目から違っていた。
「で、デケぇッ……」
まず体長だ。明らかに先ほどまで討伐してきた鉄鱗より一回り以上……いや、二回り以上は大きい。
小さな馬車程度の大きさはある、だろう。
何より、持っていた照明の光を跳ね返す鱗の輝きに。アタシは声を殺し、思わず息を飲む。
「ま……参ったね、ありゃどうも……鉄鱗ってカンジにゃ見えない、ねぇ」
ここから覗く表皮の輝きだけでも、視界の先にいる存在が鉄鱗ではないのは明瞭だ。
周囲の灯りに照らし出される金属光沢に、最初は白銀鱗かと思ったが。アタシも二、三度遭遇したことがある白銀鱗は、もう少しくすんだ白か灰色をしていて、今回のように照明の光を強く反射しない。
「となるとありゃ、まさか……黄金鱗だってのかいッ?」
まさかの事態にアタシは驚きを隠せない。
ランドルから事前に聞いた話では、この鉱山は鉄しか採れない鉱山だった筈ではないか。
だとすれば、商人らしくもなく。ランドルは金が採掘出来る事実を見逃がしていた事になる。
「まあ……ランドルの旦那が聞いたら、両手を挙げて喜びそうな話だけど。まずは──」
黄金が採掘出来る情報も、ランドルに高く買って貰おうと考えたアタシだったが。
それにはまず、目の前の黄金鱗を倒さなくてはならない。どう初撃を叩き込むかを考えていると。
そんなアタシの動揺を感じ取ったのか。
黄金に輝く鱗をもった鉱蜥蜴は尻尾を使い、前後を入れ替えるように身体を回転させてこちらへ頭を向けると。
無感情な眼で、間違いなくアタシを睨みつけてくる。
「ちぃッ……見つかっちまったみたいだねぇ!」
こちらを敵だと認識したのか、黄金鱗がカチカチと噛み合わせながら歯を鳴らし、アタシへの威嚇を始めている。
いや、違う。あれは……威嚇ではない。
「う、うおおッ……ありゃ火の吐息の準備じゃねぇかあッ!」
黄金鱗の正面だった立ち位置から、アタシは咄嗟に横に飛び退き。間近に見えた岩陰へと転がり込む。
──ゴゴゴゴオオォォォォォォォォォォ‼︎
直後、アタシの背後が真っ赤に照らされ。
背中には猛烈な熱さを感じていた。
「う、おぉッ⁉︎」
つい先程までアタシが立っていた場所へ視線を向けると。
黄金蜥蜴の口から吐かれた、紅蓮の炎に舐められた地面が黒く焼け焦げてしまっていた。
横に飛び退いていなければ──今頃は。
「あ、危ねぇ……以前にあの予備動作のコトを耳にしてなかったら危ないトコだったよ……」
そう。
金の鉱石を餌にする鉱石蜥蜴、つまりは黄金蜥蜴が火の吐息を吐く能力を有している、という噂……あれは噂やホラではなく本当だったのだ。
同時に、火を吐く前の予備動作として歯を打ち鳴らす行動に出る、ということも。
「しかし、黄金鱗とは……コイツぁ厄介すぎる相手に遭遇しちまったねぇ……」
黄金が鉄より脆く軟らかい金属だから、黄金鱗は鉄鱗より弱い、なんて説さえ冒険者の中には流れていたが、きっとそれは黄金蜥蜴に遭遇した事のない連中の戯言なんだと今、身をもって理解した。
その仮説を否定するために、今度はそこら辺に落ちている手に収まる程度の大きさの石を拾い。狙いを目の前の敵に定めてから力を込めて、黄金蜥蜴の胴体部へと投擲する。
大人の男を超えるアタシの腕力だ、これでも鉄鱗程度なら鉄の鱗を少しへこませる位の損傷は与えられるのだが。
投石は見事に黄金の鱗に命中したのだが、鈍い衝突音を響かせるものの鱗には傷一つ付けられなかった。
金属の硬さで言うなら、黄金よりも鉄が硬いのは大概の人間なら知っている話だが。
やはり餌になった金属本来の硬さと鉱蜥蜴の強さは必ずしも一致しない。
……また一つ勉強になった、と言いたいところだが。
「さて、感心してばっかじゃいられないねぇ……あの小さな竜属をどうやって倒すか、考えないとね」
どうやらアタシが黄金蜥蜴を倒す方法を思案している間、ありがたいことに。向こうはその場から動こうとせずに待ってくれているらしい。
大方、火を吐くのは連続して出来るものではないらしい。そりゃあんな炎をバンバン吐かれでもしたら勝機なんてゼロだろうし。
幸い、炎は直線的でそこまで幅はないからさっきは何とか避けられたけど、あまり広さに余裕のない坑道じゃ絶えず動き回って的を絞らせない戦い方も難しい。
「……さて、どうするアタシ?」
思考を巡らせるため、アタシが顎をさすった瞬間に。一つの名案を閃く。