17話 アズリア、水の精霊に背中を押される
屋敷の裏口から出てきたマフリートとエルキーザは人の気配のしないほうしないほうへと歩きながら、魔族同士になったことで本音で話し始めていた。
「さて、首尾よくあの人間を焚きつけることで我らが本懐をようやく果たすことが出来るな……くくく」
「確かに魔獣を召喚するのは目的の一つだが、マフリートよ勘違いするなよ。儂らがこうやって動いている理由はコピオス様の……」
「わかっておる、忘れたわけではない。ないが……6年前に出来なかった水の精霊の殲滅、それが叶うと思うと、な……くくく」
……さあ、どうする?
魔族と認定されたエルキーザとマフリート、あの二人の後を追っていくか。
それとも部屋に一人残っているリュードラを説得して魔族と協力するのをやめさせるか。
前者を選んだ場合、アタシの目的は「儀式を阻止すること」な以上は最悪その場で二体の魔族と事を構える可能性は高い。魔族は人間以上の魔力や肉体、様々な特殊な力を持つ強力な相手だという。実際にはまだアタシも剣を交えた経験はない。
せめて、あの二人が魔族だという情報を誰かに伝えたいのだが、それをあの二人が待ってくれる筈もなく。
後者を選ぶのは論外だ。余所者で邪魔者のアタシが何を語ったところで過去の栄光に凝り固まったリュードラの思想を改善させることは出来ないだろうし、
「……第一、それはアタシの役割じゃないよね」
ならこの場は一旦あの二人の追跡を諦めて、魔族の情報を持ち帰る選択はどうだろうか。
そもそもアタシは自分の評価を過信していたのかもしれない。魔族二体をアタシ一人で強襲すればどうにか出来るかも?……なんて発想が「アタシなら何とか出来る」という過信から来ているのだから。
そうだ。ここは情報を持ってハティ達のところに一旦帰って、二人に協力してもらうべきだ。
「……あれ?足が、震えてる?な、何で……」
魔族への恐怖で?……いや、違う。
しばらくするとマフリートら魔族二体が屋敷の裏口から現れ集落の外へと歩いていく。どうやらアタシの存在には気付いていないようだ。
魔族を追跡しようとすると、嘘のように震えが止まり足が動くようになる。
だが、ハティ達の元へ帰ろうとするとまた足が震え出してしまうのだ……なんで?
「それはね〜アズちゃんが自分の心に嘘をついているからよ〜お姉さんにはアズちゃんの考えてることが読めるって言ったでしょ〜?」
小さくなり、肩口に乗っかってついてきていた水の精霊が、今のアタシが一番知りたかった自分の状態を教えてくれた。
「アズちゃんが一番恐れてるのは、人間同士の問題が解決してもあの魔獣の復活は止められない、という可能性……そして多分にその悪い予感はほぼ的中するわ」
いつもの間延びした口調が変わり、一段低い声で今のアタシが一番指摘されたくない事をサラッと言ってのける。
確かにそうだ。
もしハティにリュードラが魔族に唆されていると話し、族長の後継問題が解決したとしても、だ。マフリートの思惑はともかく、エルキーザの目的が央都にいるこの国の王の座ならば、戦力となる魔獣召喚を強行するだろう。
そうなればこの集落に大きな傷跡を残す。6年前だってアタシは……ハティやユメリアの両親すら守ることが出来なかったんだから。
もう失いたくない。
「だからアズちゃんは、あの地に集う人間たちが魔獣に殺されるくらいなら、自分が魔族と戦って生命を落としたほうがいいとさえ思ってる」
「────ああ、そうだよ!……水の精霊の言う通りさッ!」
アタシの目の前で誰かが死んでいくのを見てるくらいなら、その死にアタシが喧嘩を売って死んでやるさ!
「はぁ……はぁ……」
気がつけば、アタシは身体中から大量に汗をかいていた。心地いい汗では決してない。
「アズちゃんの心の均衡を保つために、最悪の事態になるような行動をアズちゃんの心は許せなかった。だから自分の気持ちから目を背けて逃げたかったのねえ」
そうだ。
最初からアタシは気付いてたんだ。集落のみんなを守るためには儀式を阻止しなきゃいけない。そのためには、マフリートもエルキーザも、そしてあの紅石の触媒も。
全部が邪魔なんだと。
「本来なら死地に自ら赴く推奨出来ない行為よ。でも……アズちゃんの心がそれを望むのであれば、お姉さんは止めない。代わりに……」
肩口から降りた水の精霊が、アタシの目の前で最初に見た時の人間の女性の大きさに戻っていく。
「お姉さんは────アズちゃんと一緒に戦ってあげる」
闇堕ちではないですよ。
 




