15話 アズリア、悪巧みを画策する
「どこへ行ってたんですかアズリアさん!……本当に心配したんですよ……もう」
精霊界で一晩過ごし、色々と水の精霊から衝撃的な話を聞いて火の集落へと戻ると、ハティの家には背中からでも怒っているのが丸わかりのユメリアが待ち構えていた。
当然ながら凄い剣幕で叱られた。
「だから言っただろユメリア。アズはあの魔獣を倒したんだ、一晩姿が見えないだけで心配しすぎなんだ」
「……お兄様。そんな事を言ってますが、昨晩は寝れなかったみたいですね」
「そ、そんなコトはな、ないぞっ⁉︎」
ユメリアの対象がアタシからハティに逸れる。
まあホントに仲の良い兄妹だよな、この二人。
そうだ、水の精霊から聞いた話を二人にも聞いてみないと。少なくともリュードラって族長の息子はアタシは顔見たことがないのでどうにも判断しづらいし。
なのでハティとユメリアの二人には、6年前の惨事が実は部族の何者かに扮した魔族が召喚した、この集落とは縁もない魔獣の仕業だという事。
そして、今もこの集落には魔族が隠れていて、リュードラとやらが火の魔獣を再召喚しようとしているのは、リュードラ本人かその周囲の誰かが魔族である可能性が高い、という事を話した。
「ほ、本当なのか……その話は」
「湖を作った精霊から聞いたんだ。そもそも嘘をアンタ達につく必要があるかい?」
「そうですね、6年前の魔獣をアズリアさんは倒してますからね。集落の恩人である立場をわざわざ危なくするような嘘をつく必要はないと思います。それに……」
「ああ、アズが嘘をつけるような性格じゃないのは俺たちが一番知ってるからな」
「お兄様の言う通りです。アズリアさんはそこまで器用なことが出来る性格ではありませんから」
……なんだろう。アタシを無条件で信用してくれているのを嬉しがるべきか。
それとも何となくアタシの性格にケチを付けているこの二人に拳骨でもお見舞いしてやるべきか。
「……アズちゃんアズちゃん〜この二人はお姉さんが見たところ、魔族じゃないわよ〜」
「……ありがとね、ウンディーネ」
「ふふん。お安い御用なのよアズちゃん〜」
と耳元で囁くのは湖に棲んでいた水の精霊。
連れて来た際に、どういうわけか身体が手のひらに乗るくらいの大きさにまで縮んでしまったのだ。本人曰く「身体が小さいほうが魔力を無駄遣いしないのよ」ということだそうだ。
他人には水の精霊の姿は相変わらず見えないので、姿が小さくならなくても別によかったのだけど……魔族かどうかを教えてくれるのは非常にありがたい。
「そんなわけでさハティ、そのリュードラとかいう族長の息子にどうにか顔見せすることって出来ないかな?」
「アズを会わせる、か。それは……難しいな」
「お兄様、それは昨日の族長会議が原因ですか?」
ユメリアの懸念を聞いて、ハティは無言で頷く。
「アズにも話したが、リュードラは火の魔獣をもう一度復活させようとしている。当然ながらアズ。魔獣を倒した余所者のお前はリュードラからみれば招かれざる厄介者なんだ。昨日の会議でアイツはお前を追いだせとうるさかった」
「まあ。それは……お兄様にとってはさぞ許し難い発言でしたね」
「──ああ、全くだ」
チラッとユメリアがアタシへ視線を向けたのには気付いたのだが。
彼女の意図をアタシは理解出来ないまま。
ハティは部族の込み入った事情を説明してくれた。
「また儀式で復活させた魔獣をアズに再び倒されたら堪らないだろうからな。大体今更火信仰を戻したところで、俺たちはあの湖からたくさんの恩恵を授かった……もう昔には戻れない」
「リュードラ様と族長は湖が出来て、私たちの部族の生活が徐々に湖に寄り添うように変わっていったのをあまり良くは思っていませんでしたからね……」
そうか。
現族長がハティを族長候補にしながらも自分の息子を候補から外さなかったのは、過去を捨てられない思いと今を受け入れないといけない現状、その二つの間で揺れ動いているからなのか。
本来なら集落を二つに割る愚策だが、見たところハティのように現状を受け入れている派が大多数を占めているようにしか見えない。
そうなると必定、リュードラを支持する旧体制派は目に見える成果を早急に出さなければならなくなる。
それが、火の魔獣の復活ということか。
「わかったよ。穏便に済ませようと思ってハティに頼んだけど、どうも悠長に待ってられる流れじゃないみたいだね……アタシは今晩にでも動くよ」
「悪いアズ。本当なら手を貸してやりたいが……」
「下手にアタシに手を貸して、後でそれをリュードラに口実にされても嫌だからね。ここはアタシに任せておいてくれよ」
夜に身を隠して情報を集めるのなら闇夜を見に纏うことの出来る「dagaz」の魔術文字を有効に活用出来るだろう。
とりあえず夜になるまでは適当に集落の中を歩いて色んな人に声を掛けてみたが、水の精霊によれば誰も魔族ではなかった。
魔族が誰なのか、その答えは今夜わかるだろう。
……だが、本音を言えば。
「一度はやってみたかったんだよねぇ、領主や族長の屋敷に潜入する行動ってやつをさ」
集落の命運が掛かっているのに、本人は至って気楽であった。
 




