13話 アズリア、水の精霊からお礼を貰う
「なぁに〜まだお姉さんへの警戒を解いてくれないのかしら?そこまで警戒しないでも、ドリアードちゃんと契約した人間に手なんて出さないし、出せないわよ〜よよよ〜」
何だろう……目の前でわざとらしく泣き真似をしてその場に崩れ落ちる水の精霊を見てると、こちらに危害を加えそうには見えないが。
「ううう……お姉さんはただお礼がしたかっただけなのに〜……」
さすがにアタシが悪い事をしてるような、いたたまれない気持ちになってきたので。
頭をポリポリと掻きながらため息を吐いて、諦めて目の前の水の精霊の軍門に降ることにする。
「悪かったよ、ちょっと色々あって気が立ってたんだ」
「色々?お姉さんにそこ、聞かせて欲しいわ」
顔を寄せてくる水の精霊の圧力が凄かったが。
とりあえずアタシは、この湖を調べにきたら想定外の大きさに手間取り、集落に帰る時間を見誤り今夜は野営しなければならなかったことを話した。
すると、水の精霊はパンと手を合わせて、
「ならお姉さんの家にいらっしゃいな。湖の事を調べてたんでしょ?お姉さんが知っている事なら教えてあげられると思うわよ〜?」
まあ、不安じゃないかと言えば師匠の時と違い、かなり不安なのが正直な感想だが。
確かにほぼ一日歩いて調査してみても収穫は無しだったことを思うと、アタシ一人でこれ以上湖の事を調べるのは難しい。
「それじゃ一晩世話になるよ、よろしくねウンディーネ。自己紹介がまだだったね、アタシはアズリア」
「は〜いよろしくね〜アズちゃん。それじゃ一名様ご案内〜」
「え?ちょ、ちょっと?そっちは湖だろ?」
「大丈夫よ〜水の中ってわけじゃないから濡れないし息も出来るから心配無用〜それ〜」
「う……うわぁあああああああっっ⁉︎」
そのまま手を引かれていくと、何の説明も無しに湖の水面へと入っていく水の精霊。
重い武器や甲冑を装備したまま水に潜るなんて冗談じゃないと手を振り解こうとするが、外見からは想像出来ない強い腕力でぐいぐいと光る水面へと引っ張られていく。
……光を抜けた先には水が、なかった。
息もいつも通り出来ているし、服や鎧も濡れていない。しかも目の前には海辺で見かける珊瑚のようなものを素材にした卓や椅子があった。
窓らしきモノの外側を見ると、魚が泳いでいるのが見えたりする。
もしかして、ここは……
「……精霊界?」
「アズちゃん大正解〜。そう、ここはお姉さんが護ってる水の精霊界で〜す」
「いや……同じ精霊界でも、師匠のところとは全然違ってるんだなぁ、って」
「そうね〜ドリアードちゃんが護ってるのが植物で、お姉さんは水だから全然違うのは当たり前よ〜……まあ、2つも精霊界を行き行きしたのはここ最近じゃアズちゃんしかいないけどねぇ〜」
師匠に精霊界に招かれたのは、アタシの目的を知った上で魔術文字を受け止める器を広げるためだった。
だけど今回は一晩の宿代わりに精霊界に。
何だろ……貴重な機会の無駄遣いのような気がして頭を抱えていると、
「お姉さんはアズちゃんが考えてることがある程度読めるから教えてあげるけど……本来、人が精霊界に来ちゃうのは今回みたいに道に迷ったりして困っている人を精霊が招く場合がほとんどなのよ?」
「え?じゃあアタシの場合は……」
「アズちゃんにはコレがあるでしょ?」
とウンディーネは自分の右眼を指して言った。
「まさかこの時代に魔術文字を持ってる人間、しかも眼に宿しているとか」
先程までの間延びした口調から急に大人びた女性の声に変わる。
「一応、聞くわ。アズちゃんは魔術文字を集めてどうしたいの?」
「……え?」
今まで考えたこともなかった。
最初は、偶然廃墟になっていた古代の建物を見つけ、そこにあった「dagaz」の魔術文字に触れたら新しい魔術を使えるようになって。
魔法が使えないアタシが魔術文字だけは使える、その事実を知って故郷の帝国を出てから7年……世界を旅して回り魔術文字を探してきた。思えば、この地で火の魔獣を倒したのも魔術文字を手にするためだった。
……ならば、その先は?
ウンディーネはその答えを問い掛けていた。
だけど、アタシはまだその答えを持ってない。
だからその問いに沈黙で返すしかなかった。
水の精霊の問いは、アタシがまだ力だけを追い求めていただけの子供だという事実を教えてくれた。
そんなアタシ自身が無性に情けなくなり俯いていると、
「……いいのよ、無理に答えを出さないで。アズちゃんが邪な事を考えていない、それがわかっただけでお姉さんは満足」
身体を柔らかな感触と暖かさで包まれる。
顔を上げるとアタシはウンディーネに抱きしめてられていた。
普通に立っていれば頭一つアタシが大きく身長差があるにもかかわらず、ウンディーネはその豊かな胸にアタシの頭を埋めながら。
そして彼女の指がふと額に当てられると、
「だからアズちゃんにはお礼」
指が額をなぞり完成したのは文字だった。
まだ知らない「lagu」の魔術文字。
額を見ることは出来ないが、額から流れてきた魔力がそれを教えてくれた。
「お姉さんと同じ、水の魔力を宿す魔術文字よ」




