12話 アズリア、アズ湖を調べる
ここは私の名前が付いた湖、アズ湖。
アタシは今、このアズ湖が何故6年前に突然この場所に現れたのか、その原因を調べに湖にやって来ている。
うん。
ハティが族長になったら無理やりでも湖の名前を変えさせよう……最悪、力づくで。
それにしてもこの湖の大きさは、ちょっと地表へ沸き出たオアシスの比じゃない。一体どこからこの大量の水が湧いてきたのか。
「ユメリアの話じゃ元は何もなかった砂漠だったんだよねぇ。そこにこんな大きな湖が出来上がっちゃうんだから不思議だよねぇ……」
しかもこの湖には魚まで泳いでいるのだ。見た限りではこの湖が他のオアシスや、砂漠に流れるテーベ川と繋がっている様子はない。
アタシが湖を作ったと言われても思い当たる節は全然ない。火の魔獣を倒した後に湖が出来たということは少なからず火の魔術文字が関連してるのかもしれないが。
集落で聞いてみたものの、この湖が出来て損を被った人間は誰もいなかったみたいだ。湖のおかげで水源は確保でき、湖の魚を捕るための漁も盛んらしい。
だから無理に調べなくてもいい、とは言われたものの。やはりアタシが原因だと言われ続けてるのは何か釈然としないものがある。
いわばこの調査はただのワガママだ。
だからこそ、このワガママで変にこの湖が消える、なんて事態にはしないように気をつける。
歩き始めの場所に石を置いて目印にし、そこから湖の縁を延々と歩いて湖の広さや周囲に何か手掛かりになるような物や痕跡がないか調べていたが。
まだ日が早い時間から調査に来ていたのに、もう太陽が沈みかけ辺りを橙色に照らしているというのにまだ目印の石は見えなかった。
「う……うへぇ……あ、甘く見てたよアズ湖……ひ、広すぎないかい……この湖……」
まさか一日通して歩いて、まだ湖を一周出来ないとは思っていなかった。確かに周囲を調べながら歩いたので進みが早くはなかったが。さすがに元の地点に戻れないという事態は想定外だった。
「今夜はここで野営するしかないね……とほほ」
朝起きると、族長候補のことで集まりがあるハティは既に家を出ていたので。残っていたユメリアに湖の調査に行く、と伝えてはいたのだが。
「……まさか帰ってこないとは思ってなかっただろうし……こりゃ帰ったらユメリアの小言が怖いよ、とほほ」
しかも野営をする、とはいえアタシだって帰れないのは想定外だったので。魔物と遭遇した時のため戦える装備はしていても、野営に必要な旅の荷物のほとんどはハティの家に置きっぱなしだったりする。
「まずは何より焚き火だ。火は最悪魔術文字を使えば大丈夫……枯れた倒木も探せばある、よし火は確保。あとは……食事か」
ここが平地なら一晩くらいは食事抜きでも何とかなるが、砂漠地帯の夜は冷えるのは身に染みて理解している。ましてや今は身体を暖める毛布などもない以上、暖を取るための食事は絶対に必要になる。
「今から食料になる動物を摂っても解体する時間がなぁ……湖には魚もいたし、ここは釣りで魚を狙うかな」
釣り針のような小物は腰の袋に常備してあるので。
薪用の少し長めの枝に、髪の毛を抜いてそれを手のひらで撚りながら引っ張っていくと出来上がる撚り糸をつけて釣りの道具を作る。
餌になりそうなアリを針につけて湖の水面に垂らし、しばし魚が餌に食い付くのを待つ。
「こんばんは〜。お魚釣れてますか〜」
背後から突然、間延びする女性の声がした。
大事なのはそこじゃない。
まったく気配がしなかった事だ。
アタシは警戒レベルを最大にして声の主のほうを振り返る。
「……誰だい、アンタ」
「あらあら〜、そんなに殺気放ってたらお姉さん怖くて近寄れないわ〜……まずは剣から手を離して?ね?ね?」
振り返るとそこに立っていたのはところどころ透き通った不思議な生地の服を纏った、水色の髪と蒼い目をした豊かな胸を持つ大人の女性の姿だった。
全く似てない、似てないんだけど。
どことなく……漂う雰囲気が師匠に似ている、と感じていた。
「まずはお姉さん、あなたにお礼を言いに来たのよ。あの炎の魔獣を倒してくれてありがとう。炎の魔獣がこの地に召喚されたせいで、お姉さんの力が弱まっていっちゃって大変だったのよ〜」
「……それはそうと。結局、アンタは何者なんだい?……見たところ、火の部族の人間ってわけでもなさそうだし」
アタシの問いかけに、目の前の女性は不思議そうなモノを見る表情を浮かべて。
「あ、お姉さんはウンディーネ、こう見えてこの地に住まう偉〜い水の精霊なのよ〜」
……水の精霊?
精霊って、そんな気楽に現れていいものなの?