123話 アズリア、海の主の腕に囲まれる
「だりゃあああぁぁぁあッ!」
気合いを乗せた雄叫びとともにアタシが放った大剣の刃が、黒い瘴気の靄とともに柔らかい弾力の腕を斜めに斬り裂いていき。
アタシの背丈以上にもある長い刀身で、また一本海の主の腕を斬り落としていく。
海面に姿を見せている部分とはいえ、根本から腕を両断したのだ。長くのたうった太い腕が、海面に盛大に飛沫を上げて落ちると。
腕を覆っていた瘴気の靄が晴れていき、これまた気持ち悪い無数の口のようなモノが表面に浮き出ている海の主の腕の姿が露わになる。
「……さ、さっきも見たけどやっぱ何度見ても気持ちが悪いねぇコイツは。こんなのに絡まれてあの口で……って想像するだけでゾッとするよ」
まさか斬り落として海に落ちた腕に、ユーノが巻き込まれてるとは思ってもいないが。
アタシは上がった水飛沫で白く覆われた、ユーノが先程まで立っていた場所の周辺へと視線を向け、彼女の姿を探していると。
……いた。
アタシの向けた視線の先から、かなり外れた場所ではあったが。
二本の腕からの攻撃を、アタシが腕を斬り落としてしまったことで海面が揺れる中、軽快な動きで迫り来る腕を躱し続けているユーノの姿をようやく捉える。
最初に真上から叩きつけるような攻撃と違い。
ユーノを狙っている二本の腕はその長さを活かして、何箇所もその腕を曲げながら軽快に動き回るユーノを徐々に追い詰めようとしている。
ユーノも何とか反撃に移りたいところだが、二本の腕が巧みに連携を取り、異なる方向から交互に途切れることなく攻撃を放っていたため。
さすがのユーノも、回避に専念するしかなかったのだ……あの気持ち悪い腕にだけは殴られたくない、という意地もあったのだろう。
しかもアタシの周囲で、大剣を警戒するように距離を置いて待機していた残り三本の腕のうちの一本が動きを見せると。
アタシではなく、二本を相手にしているユーノへと加勢にいこうとしたのだ。
「加勢は許さないよッ……アンタの相手はコッチだってえのッ!」
ユーノへと移動を開始する腕を斬り落とすために、足場となる海面を蹴り、動き出した腕を猛追しようと試みるアタシだったが。
こちらの行動を読んでいたかのように、違う腕の先がアタシの進路を遮ってきたのだ。
「アタシの邪魔をするんじゃない……よおおおお!」
腕の先端だけとはいえ、前に立ち塞がるのはそれなりの質量だ……走り抜けながら斬り落とすのは容易ではないと判断したアタシは。
仕方なしに突撃する脚を止めて、大剣を担ぐ肩を跳ね上げて反動をつけ、さらに突進していた勢いも剣に乗せて、進路を塞ぐ腕を今度は真上から一気に振り抜いていく。
その一撃は、アタシを邪魔した腕の先端を斬り落とすのに成功するが、ユーノへ加勢する腕を止めることには失敗してしまう。
「ちくしょうッ……ユーノおおっ!悪いッ、そっちに一本逃しちまったよッッ!」
だからアタシはせめて警告のつもりで、もう一度ユーノに迫る三本目の腕に駆け寄りながらも大声で接近を知らせるために叫んだのだが。
その大声にユーノが過剰に反応してしまったのか。
「え、お姉ちゃん、なにっ……う、うわああああああ⁉︎」
辺りに響き渡るユーノの絶叫。
次の瞬間、海面すれすれに迫っていた腕の先端に左脚を絡め取られたユーノの身体が持ち上げられ、上空高くに逆さに吊り上げられてしまったのだ。
「くっ……はなせよっ!ボクをはなせよこいつううう!」
「だ、大丈夫かいユーノッ⁉︎」
「お、お姉ちゃんっ……ぼ、ボク、このじょうたいだとゆびがふとすぎるからほどけないんだよおぉ……このっ!ほどけよこのっ!」
心配するアタシの問い掛けに、余裕のある声で返してくれるユーノだったが。
瘴気に覆われた腕に捕縛されているユーノの左の足首辺りから焼けるような白い煙が上がっているのが見えた。
「お、おいユーノ、左脚から煙が出てるぞッ?」
「あ……う、うんっ、だいじょーぶだよお姉ちゃんっ……うん、まだだいじょうぶっ!」
まだユーノが痛みを訴えないのは、痛みを我慢しているからなのか……もしくはユーノが発動中の「鉄拳戦態」の効果で瘴気の影響を防いでいるのか。
回避に集中し、軽快に攻撃を躱し続けていたユーノが腕に捕縛されてしまったのは、アタシが不用意に声を掛けてしまいユーノの集中を途切れさせてしまったからだ。
責任を感じ、脚を掴まれたユーノを解放しようとその腕に接近して大剣で斬り落としてやりたかったが。
今度はアタシを捕縛しようと、残り全部の腕……パッと見ただけでも四本の腕がアタシの周囲へと迫り、ユーノを解放しようとするのを何としても邪魔をしてくるのだ。
アタシなんかよりも身体が軽く、かつ俊敏な動きが得意なユーノですら、二本同時に襲い掛かられれば回避に専念するしかなかったのだ。
それが、四本。
「四本かい……コイツは厳しいねぇ、まさかあの海の主に辿り着く前にここまで苦戦するなんて、思ってみなかったけどね」
ヘイゼルから聞いた話では、あの海の主の元になった海蛸の腕の本数は、確か八から十だった筈だ。
八本ならば、アタシとユーノで叩き斬った腕は三本、そしてユーノの脚を掴んでいる腕にアタシをうねうねと取り囲む四本で、勘定は合っている……のだが。
もしこの海の主の腕の本数が十本だとしたら、まだ海の中に隠した腕が二本あるということなのだ。
そうなれば、アタシ一人で到底対処出来る物量ではない。
そりゃアタシはヘイゼルが乗っていた海賊船を両断したこともあり、一撃の威力には自信こそあるものの。結局は接近して大剣で斬り付ける以外の攻撃手段がアタシにはないのだ。
まず最優先は、ユーノを海の主の腕から解放することだ。
それに迅速に解放しなければユーノの左脚が瘴気によって侵されてしまうかもしれない。
「我に巨人の腕と翼を────wunjo」
アタシは右眼の魔術文字にさらに魔力を送り込み、身体に巡る筋力増強の効果をさらに高めていくと。
アタシの身体を束縛しようと向かってくる腕を大剣で強く弾き飛ばしていき、四本の腕に連携した行動をさせまいとする。
隙あらば腕の一本や二本、斬り落とそうと思っていたのだ。
「ん、何だ?……コイツら、身体がほのかに光ったような……?」
腕を何度か弾きながら、ユーノへの接近を試みていたアタシだったが、腕の変化を感じて声を漏らしてしまう。
突然、腕を覆う黒い瘴気の靄が不気味に脈動し、ほのかな光を放ち始めたのだ。
それと同時に、大剣を叩く衝撃が増すのがアタシの腕に伝わり、また柔らかかった腕の肉の感触も硬度を増した気がしたのだ。
「お姉ちゃんががんばってる……ならボクだってこんなきもちわるいうで、ぶったぎってやるんだからっ────黒鉄の礫っ!」
逆さ吊りにされていたユーノが、握っていた鉄拳から指を一本立てた体勢で、その指を自分の左脚を掴んでいた腕の根本へと向け、狙いを定めると。
籠手の指が凄まじい速度で一直線に、腕に風穴を空けようと発射されたのだが。
ユーノが放った黒鉄の礫は柔らかい筈の腕の肉に弾かれ、完全に防御されてしまったのだ。




