11話 アズリア、湖の由来に驚く
「は、次期族長候補ぉ?……え、ハティが?……嘘だろ、おい……」
アタシが6年前に火の魔獣を倒したことは意外にもほとんどの部族の民が覚えていてくれていたので、最初の余所者への警戒心は何処へやら。アタシはハティの家に滞在することになったのだが。
夜の食事の席で、ハティが族長候補になってるとユメリアから聞いてのアタシの反応がこれである。
「……アズ、その言葉でお前が俺をどういった目で見てたかわかった気がするよ……どうやらこれからのために色々と誤解を解いておかないといけないらしいな」
「いや待て、待てッてば!……何で話し合いに武器が必要なんだッての、落ち着け、な?……一旦落ち着こうじゃないかハティ?」
額を引き攣らせたハティが、床に置いていた剣を握る。さすがに鞘に収まっていた状態ではあったが。
アタシやユメリアは知っている……ハティという人物はとにかくアタシらに対する遠慮というか、加減というものがないのだ。
だから自然とこういうやり取りに落ち着いてしまうのだが。
さすがに放置していても埒が明かない、と思ったのか。横に控えていたユメリアが真顔でハティの手の甲を叩いて、持っていた剣の鞘を落としながら、
「はぁ……残念ながら本当ですアズリアさん。今の族長が選んだことですから仕方ありません」
「まあ……腕だけは一流だからなぁ、コイツ」
「……お前らなぁ、いい加減にしとけよ」
ハティに聞いても要領を得ないに違いない、とユメリアに族長候補に選ばれた経緯を聞いてみると。
ハティは昔から容姿端麗で、剣や弓矢を使いこなす優秀な戦士だった。あの頃から同世代の連中には慕われていたし、族長が次期候補に選ぶのは自然なのだと言う。
問題なのは、火の部族の族長は元来世襲制で選ばれてきたということだ。当然ながらハティの父親は族長ではない。6年前の魔獣の暴走で帰らぬ人となった。
ならば現族長には後継たる人間がいないのか、というとリュードラという一人息子がいるらしい。
それでもハティが族長候補に選ばれた、ということは。ハティが優秀すぎるのか、それともそのリュードラという息子が無能すぎるのか。
「リュードラ様は昔こそお兄様と親しかったですが、今は人が変わってしまいました……あの振る舞いでは、部族を束ねることは出来ません……」
「最近になって、余所者との交流を完全に断つなどと言っているし、火の魔獣を復活させるなどと父親である族長の前で発言したものだからな」
あ、それは多分無理だと今の族長とやらに教えてあげたい。
何故なら、6年前に火の魔獣を召喚していた連中が触媒に利用していたのが、火の魔力を宿した「ken」の魔術文字だからだ。
もし魔術文字無しで火の魔獣を再び召喚しようとするなら、それに代わる触媒を用意する必要があるが、話を聞くにそのリュードラとやらが触媒を準備出来るとは到底思えない。
だが、今その真実を語ってしまうとそのリュードラが強行手段に訴えてくる可能性がある。
ここは一分の希望を抱かせたまま放置するのが無難だ、と判断する。
け、決して真実を話すのが怖いわけではない。
あ、そうだ。
二人にはあの大きな湖の話も聞いておかないと。
「そ、そう言えばさぁ、集落の端に岸がある湖ってアタシがここ来た時にあったっけ?……どうも記憶が微妙でさ、あんな湖あったかな、って……」
「それ、本気で言ってるのか、アズ?」
「い、いや、あは、あははっ、ちょっと確認したかっただけ──」
「あの湖、アズ湖はそもそもアズリアさんが作ったのです」
ユメリアの言葉を理解しようとするのにアタシの頭がついていかず、一瞬だけ頭が真っ白になってしまう。
「……は?……い、今、何て言ったんだい?」
それに今、ユメリアは確かに「アズ湖」と口にしたのをアタシは聞き逃さなかった。
状況を全く飲み込めず、驚きのあまり口を開けたまま呆けてしまっていたアタシを見兼ねたのか。ハティが説明を始めてくれた。
「話を6年前に戻すが、アズが火の魔獣を倒した時に周囲の火の精霊力が急速に弱まったんだ……お前がここを旅立ったのとほぼ同じ日に急に砂漠から水が湧き出て、それからは湖になるのはあっという間だったぞ」
「部族の誰もがアズリアさんに敬意を示すため、あの湖にアズリアさんの名前を付けたのです……それを最初に言い出したのは、実はこの私ですが」
ユメリアは何気なしにとんでもない事を口にしていた。
勝ち誇ったような表情を浮かべていた、ユメリアの余計な主張に。口にこそ出さなかったものの、心の中でアタシはユメリアの胸ぐらを掴み。そんな馬鹿げた事をしでかした理由を問い詰めたかった。
そんなアタシの心情を読み取ったのか、ハティが呆れたような、申し訳ないような顔をしながら。
あの大きな湖に、何故にアタシの名前が付けられているのか……その理由を説明してくれる。
「……そりゃまあ。アズはこの部族の恩人だし、誰も反対するわけないけどな。この話は子供に言い聞かせる童話にもなってるくらいだし」
「いや、そこは余所者のアタシじゃなくハティ辺りに落ち着かせておいてくれよ……泣くぞ」
その説明を受けて、アタシはハティとユメリアの兄妹を恨みがましい視線で。目を細めながら見つめていくが。
ユメリアはアタシの顔を見ても、何ら悪気を持たずに。
「……お兄様に限って言えば、アズリアさんの名前が残る案を反対出来るわけありませんから。ねぇ、お・兄・様」
ユメリアが何故かすごく怖い。
そしてハティ、顔を真っ赤にしてないで妹の暴走はキチンと制御しておいて欲しい。
一番恥ずかしいのは、湖に自分の名前付けられた挙句に童話のネタにされてるアタシなのだから。




