6話 アズリア、過去の話
アタシは何故だか知らないが、生まれながらにして遥か古の時代に『ルーン』と呼ばれていた魔術文字を継承してしまった。
しかも、あろうことか……右の眼球に。
右眼に魔術文字を宿していたせいなのだろう。アタシの膂力は子供の頃の時点で、既に自分の身体より大きい酒樽を軽々と持ち上げる事が出来る程だった。
加えて……生まれつきの褐色の肌なのもあってか、故郷では「忌み子」だの「悪魔の子」だのと、周囲から謂れのない誹謗中傷と差別を受けていたのだ。
帝国を16歳の時に飛び出したのも、そういった目で見られるのに嫌気が差したからなのが一つ。
そして……旅を続けているもう一つの理由が、まさにこの魔術文字を集めるためだった。
何しろ、この魔術文字という魔法技術、遥か昔の時代にこそ頻繁に使われていたそうだが、今では既に使用する技術が喪失してしまい、使い方を知る者はここより遥か東にある魔導王国ゴルダにすら片手の指で数える程しかいないと聞いた。
どうやらそんな魔術文字を生まれもって刻印されていた事が原因で、アタシは現在普及している通常魔法を何一つ発動することが出来ない身体になってしまっていたのだ。
その目的のために世界を旅しては、立ち寄った国や都市、村なんかで依頼を受けたりして路銀と人脈を稼ぎながら。
歴史の闇に埋もれた魔術文字の情報を探して回っている、というわけだ。
帝国を飛び出した後、独自で書物や伝承を見聞し勉強を重ねるうちに、アタシは右眼に宿る『wunjo』という魔術文字についてある程度学ぶ事が出来た。
これを持って生まれた原因なのか……アタシの筋力はごく一般の成人の男とは比較にならない程強かったのだ。
それこそ、このとんでもない重量を誇る大剣を軽々と振り回せるくらいには。
だが、この話はこれで終わらない。
この魔術文字。つまり右眼に魔力を巡らせ発動させることで通常の状態以上にアタシの身体能力が上がる。
色々と実戦形式で試してみたが、全力を発揮すればこの恐るべき重量の大剣を片手で扱え、鎧を装備したまま建物の屋根に飛び移れるくらいの跳躍力と、全力疾走して駆ける馬に追いつくほどの速度が出せる脚力を発揮することが可能となる。
多分、右眼にもっと魔力を送ればそれ以上の身体能力の上昇は可能だろうが、試したことはない。
多分、アタシの身体が保たないからだ。
右眼の魔力を過度に使った反動として、次の日には決まって激しい筋肉痛に全身が襲われてしまうからだ。その理由ゆえあまり多用はしたくないし、他人に見られたくないのが本音なのだ。
実は……最初の頃はというと。ちょっと魔術文字を使っただけで、翌日は寝たきりのまま動けなくなるほどの筋肉痛だった。
過去を振り返れば、今ではもう随分と慣れてきたようで最初の頃より筋肉痛は残らなくなったが。
実際にアタシが鉄鱗の鉱蜥蜴の頭蓋を一撃で潰すことが出来たのは大剣の重量もあるが、刻印された魔術文字による身体能力の向上、増加した膂力があったからだ。
今考えれば、年端もいかない女の子が右眼の能力を使い、大の大人よりも重い荷物を軽々と持ち上げたり。ありえない高さに跳び上がったりしていれば、誰もが「あの娘は何かおかしい」と思われるのも妙に納得してしまう。
アタシの故郷だった帝国は、他国からの流入を制限している排他的、閉鎖的な地域だけに一度そういった悪い評価が付いてしまうと改めるのは非常に難しい。
寧ろ、その評価は水が染みるように加速度的に周囲に広がっていき、気がつけば地域全体で差別的扱いを受け、幼少期から両親から無理やり離され半ば放置されることになった。
今思えば、両親も「忌み子」と指差されたアタシを手離すことを望んでいた気もする。
まあ……そんな環境が許せなかったからこそ、アタシは故郷を捨てて一人旅をしているんだけど。
──閑話休題。
今は、目の前にいるもう一匹の鉄鱗だ。
間合いを一気に詰めて一撃で仕留めるために、右眼に力を込めて少しだけ、ほんの少しだけ文字の魔力を解放すると。
アズリアの右眼に魔術文字が浮かび上がり、薄暗い坑内で右眼が淡い輝きを放つ。
身体中に筋力を増大する魔力が巡っていくのを確認してから、利き足で地面を強く踏み込んで。鉄蜥蜴のいる前方へと駆け出していく。
うん、問題ない。
大丈夫、このままいける。
「さぁて──いくよ……ッッ!」
前傾した体勢のまま振り上げた大剣を、駆け出した勢いに乗せアタシは。
一匹目を仕留めた時と同じように、鉄鱗の頭部目掛けて、渾身の力を込めて振り下ろす。
すると今度は、鉄鱗の頭蓋を先程のように潰すのではなく。重量の乗った大剣の刃が頭を真っ二つに両断してしまった。
……鉄蜥蜴の体表である鈍色の鉄の鱗もろとも。
この場にいる二匹の鉄蜥蜴が完全に事切れているのを確認すると、アタシは一度坑道の奥に意識を飛ばす。
戦闘の音で奥から増援が来ないか心配したが、どうやら今のところは何かが接近する気配は感じ取れない。
「……ふぅ、どうやら援軍はないみたいだねぇ」
残されたのは、二匹の鉄蜥蜴の死骸。
頭部は潰されたり両断されたりしているが、胴体部分はほぼ無傷のままだ。
鉱石蜥蜴の皮は意外にも防具などの需要が高い。なので回収したいのは山々だが、坑道の探索には邪魔になる。
荷物運びに人を連れてきてもいない以上、鉄鱗らの死骸の回収は一通り鉱山の坑道の探索を終えてからにしよう。
「まぁ、坑道出たら鉱石運ぶ荷車でも借りるかねぇ」
余談ですが。
本来のルーン文字は幾何学的なデザインの1文字だけで表現されているものですが。
あのルーン文字を小説として書き起こさなかったので、「wunjo」のようにルーン文字の読みを当てはめた形を取らせていただいております。
またルーン文字の意味の解釈については、筆者なりの独自解釈が入っていますので「本来の意味とは違ってるぞ!」という意見がありましても、今後の参考にはいたしますが修正をするつもりはありません。