122話 アズリアら、取り囲む魔物を蹴散らす
ヘイゼルが大きく舵を右へと切り、船体が大きく王都の港へと進路を取ると同時に。
アタシの背中に激励の言葉が投げ掛けられる。
「じゃあな、アズリアっ……アンタに海神の加護があらんことを、だぜっ!」
水の精霊からかけて貰った「水霊の舞姫」の効果で、海面を踏みしめることが出来るアタシとユーノの二人は船の縁から跳躍し。
船を目標に向かってくる瘴気塗れの魔物の群れへと、こちらから躍り出る。
アタシの振り上げた大剣の一撃と。
ユーノが振りかぶった巨大な鉄拳が。
瘴気で無理やり複数の生き物を融合させた不気味な魔物を頭から斬り裂き、また違う魔物の身体を吹き飛ばしていく。
そんな状態になってもまだ倒された仲間意識はあるようで、大きく右へと曲がり王都の港へと向かう帆船を襲おうとした魔物らが、一斉にアタシらに反応し。
二体の魔物を一撃で屠ったアタシとユーノは二十を超える魔物らに取り囲まれる。
「さてユーノ……やるよッ」
「うんお姉ちゃんっ!ボクもひとあばれしちゃうから────ねっ!」
アタシより先にユーノが、水霊の舞姫の効果でしっかりとした足場となった海面を蹴り。
巨大な黒鉄の籠手を纏った左腕を大きく振りかぶると。
「……せえ────のっ!」
放たれた巨大な拳の一撃で、殴った対象だけでなく他二体ほど巻き込み、ユーノの鉄拳が直撃した箇所の肉が抉れて、吹き飛んでいく。
身体を維持出来なくなった魔物が「グェェ……」と気味の悪い声をあげて、黒い靄が剥がれていき海に沈んでいく。
「ほら、どんどんいっちゃうよおっ!」
三体もの魔物を一撃で屠ったにもかかわらず止まるどころか、さらに右腕を振り回して次の魔物らに狙いを定めるユーノ。
ユーノ一人に任せておけば、第四波の魔物らによるアタシらへの包囲網を突破出来る勢いなのだが。
「はは、やるじゃないか……こりゃ、アタシも負けてらんないねぇ」
そんなユーノの活躍を黙って見ていられる程、アタシは出来た人間ではない。
アタシもユーノに負けじと、大剣を振り回しても邪魔にならないよう反対側へと体勢を低く腰を落とし駆け出していくと。右手で握った横に構えていたクロイツ鋼製の重い大剣を、魔物の群れ目掛けて横一閃に振り抜いていく。
瞬間、右眼の魔術文字を発動させて。
その一撃で、大剣の剣閃の軌道上にいた同じく三体の不気味な魔物の身体が上下に両断され。
斬り割かれた上の部分が水飛沫をあげて海に沈んでいき、残された身体の部分から黒い靄が抜けていくとグズグズに崩れていく。
だが、アタシも止まらない。
こちらを取り囲む魔物の群れを突破するため、目に映る魔物を次から次へと斬って捨てていく。
水の精霊の魔法で、アタシらにとってはしっかりとした足場なのだが、ここは海の上なのだ。
倒された魔物の身体がその場に残らず、海に沈んでいくのを見て、それをあらためて実感する。
「これだけ足場が固まってると陸地で戦ってるかって勘違いしちまいそうだけど。はは、ここは海の上なんだよねぇ……まったく、水の精霊様々(さまさま)だよ」
そんなことを考えながら、目の前にいる魔物へと大剣を振るい続け……一体、また一体と魔物を討ち倒していくと。
大した時間も掛からずにアタシの視界から、攻撃の対象となる十体以上もの魔物の姿が見えなくなったので。
アタシは先程まで立ち止まらないように動かし続けていた脚を一度止め、状況を一度確認するために周囲を見渡していくと。
「これでさいごだよっ────でえりゃあぁぁあっ!」
ユーノの掛け声とともに、彼女の放った鉄拳がアタシらを取り囲む魔物の最後の一体を粉砕するのを目の当たりにし。
第四波の、二十を超える数の魔物を殲滅した、と確認したアタシは、少し離れた海域に高くそびえ立つ黒い靄に覆われた海の主を見上げていく。
「さて、残すは海の主だけだよ」
大剣を肩に乗せて立っていたアタシの横に、つい先程最後の一体を倒し終えたユーノが息を切らすこともなく移動して、何事もなかったように隣に並ぶ。
「あはっ、さっすがお姉ちゃんだねっ」
「そう言うユーノこそ、相変わらずの戦いぶりだねぇ」
「だってあいつら……なぐったらすぐしんじゃうから、てんでてごたえないんだもんっ」
これは完全にアタシの想像だが。
あの魔物たちは、一度海の主に喰われた後、その腹の中で濃い瘴気によって無理やり繋ぎ合わされたモノなのではないか。
単に海の主の口から吐き出されていることから、の推測でしかないのだが。
「だけど、いくらアタシらにゃ雑魚だとしても、こんな魔物が港に流れ着いたら大騒ぎだろうねぇ……」
「だね。だとしたら……ヘイゼルちゃんだいじょうぶかなぁ?」
「大丈夫だろ、仮にもアタシの本気の攻撃を一度は受け止めた腕前だからね……それにさ」
「それに?」
ユーノは王都へと向かったヘイゼルの心配をしてみせるのだったが、アタシはそんな心配を一蹴する。
今ユーノに言った言葉の通り、ヘイゼルの実力ならばある程度以上の対処は出来るだろうし、あの帆船には水の精霊も搭乗しているのだ。
「ヘイゼルの心配をする前に、アタシらにゃやらなきゃいけないことがあるだろ、ユーノ?」
王都の方角を余所見するユーノに、アタシは前を向くよう促していく。
アタシが斬り落とした腕を見たヘイゼルの説明では、あの海の主の正体は……多分に海蛸という海の生き物が驚く程巨大になったモノ、ということらしいが。
アタシとユーノの敵意というか、殺意を込めた視線を受けて、新しく口から魔物を吐き出すと思いきや。
付近の海面から一気に残りの腕をこちらへと伸ばして、一斉に襲い掛かってきたのだ。
その本数、実に六本。
腕は黒い瘴気の靄に覆われているが、アタシだけでなくユーノもウネウネと蠢くその正体を知っているので。
あからさまに眉間に皺を寄せて、嫌そうな表情を浮かべながら、何度も首をプルプルと横に振っている様子のユーノ。
「うわ……またあのぶよぶよしたうでをなぐるの、ボク、イヤだなぁ……」
「わかる、わかるよユーノ……アタシも最初、あの腕を斬り落とした時の感触は二度と味わいたくないよ」
確かに、アタシもあの腕を斬り落とした時の。
大剣の刃があの腕の奇妙なまでに柔らかい肉に沈んでいく、何とも気色の悪い感触を今もなお、アタシの手のひらが記憶してしまっている。
そんなことを気にしない性格だと思っていたユーノが、意外にも生理的な嫌悪感を顔に出したのを見て。
やはり、先程ヘイゼルに口止めしておいたのは正解だったとあらためて思い。
「だけどさユーノ……あの腕を何とかしないと海の主にゃ近寄れないからねぇ……アタシも気持ち悪いけど我慢しないと、な」
「ううぅ……きもちわるいのさわるのヤダけど、お姉ちゃんがいうならっ……」
あの腕の大きさや太さ長さ、そこから繰り出される攻撃範囲こそ脅威ではあるが。
黒い瘴気の靄には防御効果はなく、不気味な腕には中に骨が通っていないようで、あくまで奇妙な弾力はあるが柔らかい肉は、大剣で斬り裂いたりユーノの鉄拳で抉るのは容易だったりする。
だから、まずアタシが率先して大剣を振るい。
アタシらを叩き潰そうと大きく真上に振りかぶる腕、その根本の部分へと海面に出来た足場を蹴り抜いて一気に距離を詰めると。
肩に担いだ大剣を、反動をつけて斜めに斬り下ろす。




