118話 アズリア、全員を説得する
当然ながら、コーデリア島で何が起きたか知らないヘイゼルは、アタシが三つめの針路を選択したことに真っ向から反論してくる。
「じょ……冗談じゃないぜアズリアっ、あのデカい魔物に何の策もなしに突っ込んだら、こんな小さな帆船なんてぶっ壊されて終わっちまうだろっ?」
「ああ、確かにそのまま突っ込んだらヘイゼル、アンタの言う通りこんな小さな帆船……一撃で吹き飛ばされちまうだろうねぇ」
もちろんアタシも、海の主へと突撃すると言い出せばヘイゼルが反対するのは想定していたので。
「だけどさぁ……見ろよヘイゼル」
まだ針路の分岐点に到達する前に、王都を防衛するよう展開していた十数隻の戦艦をヘイゼルに手で指し示し。
「あれだけ海の主に迫られながらも、あそこで立ち並ぶ戦艦はさ、一隻たりとも直接攻撃されてないんだよ」
「だから……この船も大丈夫だって、そう言いたいのかい?」
「いや、アタシがアンタに運んで欲しいっていうのはあの軍艦が立ち並ぶ位置までさ」
「は?……アンタ一体、何言ってんだい?」
最初こそ「海の主に突撃させる」と聞いていたヘイゼルは、アタシの意図が読めずに困惑していたが。
アタシとて、自分が抱えた責任のためにヘイゼルやユーノ、水の精霊まで海の主という脅威にこれ以上巻き込むつもりはなかった。
「ヘイゼルにゃ、あの地点までアタシを運んでくれりゃイイんだ……後はアタシが一人でどうにかする」
「一人でって────そうか、さっき精霊様が使ったあの魔法か!」
「ああ、水の精霊の魔法の効果が残ってる間に、海の主まで海の上を駆けていくつもりさね」
ヘイゼルに説明したように、軍艦は海の主からの直接的な攻撃を一度も受けている様子はなく、また一隻たりとも沈んでいなかった。
ならばあの海域は海の主からの攻撃を受けない範囲で、あそこまでの接近ならばヘイゼルらも安全だろうとアタシは判断したのだ。
それに、海軍の兵士らにヘイゼルの素性さえ知られなければ、軍艦はきっと王都の港を普通に利用する船だと思い、ヘイゼルらの乗る船をしっかりと護衛してくれる筈だ。
ようやくアタシの意図を理解したのか、先程まで困惑で顔を曇らせていたヘイゼルの表情が妙にすっきりとする。
これでヘイゼルも納得して、王都の港に展開する軍艦へ向けて舵を取ってくれるだろうと胸を撫で下ろしていたアタシだったが。
そんなアタシの手を掴んで引っ張る感触。
それは、いつの間にかアタシの隣に立っていたユーノの仕業であった。
「さっきからなにかってなこといってるのっ!……ボクがお姉ちゃんをひとりでいかせるわけないじゃんかっ!ボクもいっしょだよ!」
「ユーノ……こいつはアタシの責任だ、だからアンタを連れて行くワケにゃ──」
「なんのせきにん?……アイツをしとめそこなったってお姉ちゃんがいうなら、いっしょにたたかったボクだっておんなじでしょ?」
防具を着けた左腕を掴んだままでアタシに怒った顔を向けるユーノが、自分も一緒に戦うと一通り主張し終えると。
頬をぷっくりと膨らませて左腕にしがみつく。
確かに……ユーノの主張はもっともだと思う。
コーデリア島で偽りの神の瘴気に魂まで侵蝕され、その身体を神の魂を受け入れるための器として作り替えられ。
ユーノら獣人族と魔族を殲滅させんとしていた、かつては「女勇者ルー」と呼ばれていたモノ。
そうして地上に降臨した偽りの神を相手に魔王リュカオーンの下で共闘した、アタシとユーノ。
なればこそ、だ。
アタシが背負うべき責任だと主張するのであれば、それは共闘したユーノも同じ立場なのは当然、と言えば当然なのだろう、が。
コーデリア島から勝手について来てしまったとはいえ、ユーノは魔王リュカオーンの腹違いの妹だったりするのだ。
もし、こんな無謀な戦力差の戦いに参加させて、一生涯残るような傷をユーノに負わせることになれば、アタシはユーノだけでなく兄である魔王様にも……顔向けが出来ないからだ。
「なあ、ユーノ……アンタはヘイゼルと一緒にこの船に乗って王都へ行くんだ。それに、一緒に来たいと言ったってアンタは海を走れないだろ?」
今、アタシが海の上を走れるのは水の精霊の「水霊の舞姫」が効果を発揮しているからなのだが。
さすがにそれを言われてしまえば、如何に敏捷性が優れた獣人族とはいえ海を走ることの出来ないユーノは渋々ながら引き下がるしかなかったのだが。
今まで不思議と沈黙を貫いていた水の精霊が、アタシとユーノに近寄ってくると。
「あら?……ん〜ならお姉ちゃんがユーノちゃんに、アズちゃんと同じ魔法をかけてあげれば解決する話じゃないかしらぁ?」
「ほ、ホントにっせいれいさまっ?ボクもうみをびゅーんってはしれるようになるのっ?」
「ふふ、ホントよユーノちゃん。というか……実はもうお姉ちゃん、ユーノちゃんに魔法をかけちゃったわ〜」
せっかく納得しかけたユーノを再び煽るように、水の精霊が口を挟み、この状況を混乱させる提案をしてきたのだ。
これでユーノへの説得は一からやり直しとなる、アタシは落胆のあまり額に手を当てて目を閉ざすと、軽く何度か首を横に振り。
「……何してくれてんだよ水の精霊ぇ……アタシゃ、ユーノを危険な戦闘に巻き込みたくない一心で説得してたってえのに」
今この状況で、ユーノに水霊の舞姫を使おうなどと提案した水の精霊を恨めし気に目を細め睨んでいく。
だが、水の精霊はアタシの恨めしい視線を受けても、気にする様子をほとんど見せずに。
寧ろ、得意気な表情を何故か浮かべていたのだ。
「あらあら?……でもねぇ、アズちゃんが巻き込みたくないと思い込んでるけど、ユーノちゃんやヘイゼルちゃんは本当に『巻き込まれてる』なんて思ってるのかしらねえ〜?」
「……そりゃどういう意味だい、水の精霊?」
アタシには、水の精霊の言っている言葉の意味が今一つ理解出来なかったのだ。
アタシを姉のように慕ってくれているユーノはともかく、高額の賞金首である元海賊であるヘイゼルはあくまでこの国からの脱出を目的としていたのだ。
本来ならば、因縁あるコルチェスター海軍とここまで接近させること自体、彼女は危険を侵して貰っているのだ。これ以上アタシの我が儘に付き合わせるのは酷と言うものだろう。
そしてアタシらの乗る帆船は、いよいよ針路の分岐点に到着する。
ここから先は、水の精霊の海流操作で無理やりに航路を捻じ曲げない限りは、進路変更は不可能になる地点だ。
アタシは十数隻の戦艦が展開する王都ノイエシュタットの港へと向かうものだと思っていたのだが。
船首は何故か王都の港や海軍の戦艦ではなく、港へとゆっくりではあるが接近を続けていた巨大な海の主へと向いていたのだ。
「お、おい、ヘイゼルッ?……このままの針路だとアンタらまで海の主に突っ込んじまうだろッ、早く舵をそっちに切れよ!」
「はっ、いつあたしがあのデカブツに突っ込むのに反対したんだい?……あたしはアンタに勝機があるのか確認したかっただけだよ────それに」
どうやらヘイゼルは舵を切り損ねたのではなく、彼女の意志で三つめの選択である針路へと舵を切っていたのだ。
ヘイゼルは何故かアタシから目を逸らすと、言葉を続ける。
「海の主に不気味な正体不明の魔物、それに海軍があんなにいるんだ。だったら、一番安全な場所は何処か……っていったらさ、アンタの横しかないだろ?」
「ヘイゼル……アンタ……」
「だ……だからアズリア、アンタはせいぜい舵を取るあたしとこの帆船を守っておくれよっ!」
と────そう言い放ちながらも、舵を握るヘイゼルの顔は晴れやかに笑っていたのだ。




