117話 アズリア、針路を王都に向けず
攻撃魔法に遅れて、背後からこの海域へと急速に接近してくる戦艦から火砲が撃ち出される爆破音。それも一発ではなく二……いや、四発。
飛んできた鉄球に巻き添えにならないように、アタシが横へと飛び退くと。
凄まじい速度で飛来した鉄球が、海から顔を出した魔物らに大穴を空け貫通していき。役目を終えた鉄球が海に大きな水柱と水飛沫を作り出す。
大きく揺れる海面に思わず体勢を崩しそうになるが。
戦艦からの攻撃魔法と火砲による援護で、アタシらの帆船に迫っていた第二波の魔物らはほぼ全滅した。
「ふぅ、まったく……さすがは大陸最強の海軍だねぇ、本当にいい判断だよ。おかげで数で押し切られずに済んだ……かもしれないねぇ」
アタシは揺れる足場で崩した体勢を立て直して、もう一度援護をくれたコルチェスター戦艦……あれは多分ネルソンやレーヴェンが搭乗している戦艦を視線を向けると。
船首に立っていた、特徴的な装飾品を頭に付けていた小さな人影が、手に持っていた棒状の何かをこちらに向けて振ってくれているのが何とか確認出来た。
「あれ?……何処かで見覚えのある感じなんだけど、いや、まさか……ねぇ」
若干、あの人影に似た人物に思い当たる節がアタシにはあったのだが。
おそらくはあの人物が攻撃魔法を放ってくれたのだろう、アタシも大剣を掲げてブンブンと振り回して応えることにした。
「あ!いやいやッ……今はアタシらの帆船の心配だよッ?」
そしてアタシがコルチェスター戦艦から自分が乗っていた帆船を見ると、船体に取り付いていた魔物もユーノやヘイゼルによって既に片付けられていた。
予期していなかった戦艦からの援護で、魔物らの第二波を手早く殲滅出来たことで。黒い靄に覆われた海の主から魔物の第三波がこちらの海域に接近するには、まだ少しばかり時間の余裕がある。
今ならば、再び魔物が押し寄せる前にもう少し王都へと帆船を進め、接近出来るかもしれない。
アタシは一度自分の帆船へと戻り、しっかりとした足場に力を込めて跳躍し、船の縁へと掴まって自力でよじ登っていくと。
「お……お姉ちゃんっ、どこもけがしてない?」
「あはは、大丈夫だよユーノ。そっちこそ帆船の防衛を任せちまって悪かったねぇ……それと水の精霊」
「ん、なぁにアズちゃん?」
「確か……水霊の舞姫だっけ、あの魔法のおかげで戦えたよ、まあ……あっちの数が多すぎて、結局は戦艦と海軍に助けられちまったけどねぇ、はは」
心配顔の水の精霊やユーノが待ち構え、アタシの身体のあちこちを二人して触り、傷を負っていないかを確認していると。
アタシが何で戻ってきたかを理解しているように既に舵を握っていたヘイゼルが、そんな二人に割り込むようにアタシに言葉を掛ける。
「おい、戦況報告は後にしな。まずはこの海域を突破して船を進めるのが先だろ?……ほらアズリア、とっとと帆を張りやがれっ」
「はいはい、魔物を二十以上も屠ってきた直後だってのに人使いが荒いこったねぇ」
少し苛立った口調のヘイゼルに言われた通りに、早速アタシは帆に繋がる麻縄を握り、多少は弱まったもののまだ王都へと流れる風を捉えるために畳んでいた帆を大きく広げていく。
風を受けて再び船体が動き出すと同時に、こちらの帆船の横を、背後から迫っていたネルソン率いる軍艦が通過していく。
そのすれ違いざま、真っ先に軍艦の縁から手を振ってきたのはカサンドラにファニー、エルザの三人の獣人族だった。
「アズリアあぁぁっ!挨拶もなしに姿を消すとか何考えてるんだお前はあっ!」
「でも……アズリアは相変わらず信じられないことをする」
「だよなぁ……海の上を歩いてあの馬鹿でかい大剣をブンブン振り回してるんだからなぁ」
カサンドラはアタシが夜中に彼女らに内密でユーノと二人で街から出たことを叱咤してきたし。
ファニーとエルザの二人は、そんなカサンドラを生暖かい目で見ながらアタシが海の上を駆け、先陣を切って不気味な魔物に剣を振るっていたことを指摘してきた。
そして終始、ファニーはアタシを睨んでいた。
やはり、先程軍艦の先端に立って杖を振りこちらへ挨拶し、魔物らへ攻撃魔法を放ったのはファニーだったとようやく今アタシは確信する。
頭に特徴的な装飾品だと思っていたのは、鹿人族の少女であるファニーの頭から生えていた二本の立派な鹿角だったのだ。
そんなやり取りに続いて、軍艦の縁へと姿を見せたのは特徴的な髭を生やした男、ネルソン提督だった。
ようやく風を受け、軌道に乗り出したアタシらの帆船は、軍艦に追い縋るカタチで何とかまだネルソンと会話が出来るギリギリの距離を保つことが出来ていたのだ。
「ちょうどよかったよ提督ッ!……アンタらに頼みたいコトがあるんだ!」
「わかった!手短に頼む!」
「あのデカい魔物の咆哮で、王都の前に展開しているアンタらの友軍は全員怯えて使い物にならなくなってる……兵士らをどうにか回復してくれないかねぇ!」
「何だと……海軍が?」
ネルソン提督との会話も途中だったが、それがあちらと交わす言葉の、それが限界だった。
全速でこちらの帆船を追走していたためか、速度に乗った戦艦が停船したこちらを抜き去り、会話が出来る距離から離れていってしまったのだ。
だがネルソン率いる戦艦は魔物を始末した海域に突入していくと、王都の港へと進路を取らず。
いまだ動く気配を見せない友軍である十隻以上の戦艦へと接近していく。
「で、アズリア……もちろんあたしらはあの軍艦に後処理を任せて王都に上陸するんだろ?」
アタシらの帆船の進路を決めるのは、舵を握るヘイゼルなのだが。その彼女がアタシに進路の確認をしてきたのだ。
考えられる進路は三つある。
一つはネルソンの乗る軍艦の後を追い海軍と共闘する案。
ただ、やはり海軍とヘイゼルとの因縁を考えると直接顔合わせするのは避けたほうが無難かもしれないし。そもそも兵士らの恐怖を癒せるのは水の精霊しかいないのだ。
二つめはヘイゼルの言うように海の主と海軍の軍艦、二つの勢力に出来た僅かな間隙を縫って王都ノイエシュタットに上陸してしまう案だ。
だが、あの不気味な魔物が港から陸地に上がってきているなら今頃、港や王都は大混乱しているだろう。ヘイゼルが賞金首だとしても、それ程に目敏く狙われる危険はないかもしれない。
そして、三つめ。
これが一番あり得ない進路なのだが。
「いや。アタシらはこのまま……あの海の主に直接突っ込む」
瘴気に侵された塊を口から吐き出した二人の冒険者。
それに海で遭遇した魔物らから抜け出たのも間違いなく瘴気だった。それも、身体が溶けて崩壊を起こす程に強烈な。
ここまで状況証拠が揃えば、あの海の主が身に纏う黒い靄が濃い瘴気であり。
その全ての元凶が、コーデリア島にて魔王様と共闘したアタシらが滅し損ねた「セドリックという名の神を偽称する存在」の仕業なのは一目瞭然だった。
だとするなら、あの王都を脅かす黒い海の主を止める責任が……アタシにはある。




