10話 アズリア、火の部族の集落へ向かう
その翌日、メルーナ砂漠最大のオアシスに建造された央都アルマナを目指すオログ達とはこの宿場町で別れ、アタシは当初の目的でもあった火の部族の集落へ向かう。
どうやら火の部族の集落の近くには大きな湖があるそうで、その湖を目印にすれば砂漠でも迷わずに行けるだろうというのが宿場町の連中の話だったが。
「アタシの記憶じゃ、そんな大きな湖なんてなかった気がするんだけどねぇ……」
数年前にメルーナ砂漠を訪れた際には、この近辺に道標となるような大きな湖などなかった筈だし。
そもそもの話、そんな大きな湖が存在していたらメルーナ砂漠一帯で暮らす砂漠の部族の勢力図が大きく変わってしまうだろう。
それ程、砂漠において「水源を確保する」というのは重要な話なのだ。
ラクダに揺られながら、アタシは砂漠を征く。
相変わらず視点の高さには慣れないが、馬に騎乗する時と比較すると内股に力を込めないでよいのは、楽といっちゃ楽だ。
メルーナ砂漠には砂嵐や熱風といった自然の脅威……いや、そもそも砂漠自体が最早自然の脅威と呼ぶべきだが……や。大砂蟲や老眼獣など危険な魔獣が生息していたりするが。
幸運にもそれらの障害に遭遇することなく、アタシは目的地の近くにまで辿り着くことが出来た。
そこには。
アタシが持っていた記憶に反して、砂漠の奥には見てわかるくらいの大きな湖が確かに存在していた。
「まあ、湖がアタシの記憶違いだったとして道標があるってのはだだっ広い砂漠を旅するのにゃ色々助かるねぇ……目的地が間違ってなきゃ、の話だけど」
進路を湖の方角のままラクダに乗って進んでいくこと三日、ようやく湖と集落が見えてくる距離まで辿り着いた。
もちろんアタシはまだ勘違いの可能性を捨て切れてはいなかったため、ある程度火の集落に近づいたらラクダから降りて周囲を警戒しながら徒歩で近づくことにする。
砂漠の部族の中には確かに、余所者が集落に近付くと「外から穢れを持ち込む」という理由で余所者を嫌い。近付くと問答無用で攻撃してくる連中もいるからだ。
「アタシも、魔術文字のためだったとはいえ……倒した火の魔獣が暴走したモノじゃなかったら、間違いなく追い出されてたかもしれなかったからねぇ」
────火の魔獣。
六年前、アタシが火の部族の集落で疲弊しきった身体を介抱されていた時に、詳しくは知らないが部族の儀式が失敗し、崇めていた何かが変貌して火の魔獣となり集落を焼き払い始めたのだ。
その姿はまさに炎で構成された四足獣の姿だ。
部族の呪術師らの支援もあって何とか暴れ回る火の魔獣を倒すことが出来たのだが。
……実は部族の連中には内緒にしていたが、倒した火の魔獣も魔術文字を宿していて、魔獣を倒して魔術文字を継承した……ということがあって。
この機会に正直に話しておかないといけないと思い、火の部族に行こうと決意していたのだ。
「出てきた魔獣を討った流れで部族の連中にゃ感謝されたけど、まさか魔術文字のためだった、なんて。あの時はまだアタシも若かったから、正直に言えなかったんだろうねぇ……たはは」
あれから六年、部族の連中はアタシの事を憶えているだろうか。
砂漠で食糧や水が尽き、行き倒れになりかけていたアタシを拾い上げ集落まで運んでくれた、部族の戦士だったハティ。
衰弱しきったアタシを寝ずに看病してくれた、ハティの妹のユメリア。
「二人とも……今、どうしてるかねぇ」
こんな風に思い出に浸ったり、過去に後悔なんてしながら歩いていたらいつの間にか日は落ちて、辺りはすっかり暗くなっていた。
警戒してるなんて言いながら油断も油断だ。今何者かに襲われていたら大変なことになってただろう。
そろそろ集落の入り口に差し掛かろうというところに、篝火を焚いた見張り台から声をかけられた。
「女、余所者だな。要件を言え」
声をかけられた方向に視線を投げると、見張りであろう集落の人間らしき男が二人。弓を構えて弦を引き絞り、矢をいつでも放てる体勢を取っていた。
敵意はないことを両手を頭の上に上げて示すと。
「要件は、そうだねぇ……強いて言えば恩人の顔を見にきた、かな」
「恩人だと?……その者の名前を言ってみろ」
どうやらアタシは見張りの連中に相当警戒されているみたいだ。六年前にはここまで外からの人間を警戒していた記憶はないが。
「ハティ。それとユメリア」
知っている名を告げると、何故か見張りの二人は驚いた表情を見せるとともに。慌てた様子で顔を見合わせて困惑していたが。
「ちょ……ちょっとそこで待っていろ」
見張りの一人が一度集落の中へと入り、他の人間と何か話を交わしている様子が確認出来た。
残る一人に入り口で足止めされたままのアタシは、さすがにこの距離だと内容までは聞き取ることは出来ないが。
しかし……余所者をやたら警戒していることだけはこちらを何度も覗き見している態度から伺えた。
誰かを呼びに向かっていたようで、集落の中から一組の男女がアタシが待つ入り口へと歩み寄ってくると。
「アズ!」
「アズリアさん!」
集落の入り口へと集落の奥から出てきた男女が、まだ見張りに名乗ってもいないアタシの名前を確かに呼んだのだ。
それは紛れもない、アタシの生命の恩人でありこちらも火の魔獣の脅威から生命を救った関係となる二人。
ハティとユメリアの兄妹の声と姿であった。
「ははッ……6年ぶりになるね、ハティにユメリア。久しぶりになるけど元気にしてたかい二人とも」
「アズこそどうした?また道にでも迷ったか」
数年ぶりに再会したハティは随分と逞しい青年へと成長したようで、大柄であるアタシとほとんど変わらない背丈だったが。
アタシを相変わらず女扱いしない態度は変わっておらず、まるで男の友人のように首に腕を回し肩を組んでくるし。
「もうお兄様!……アズリアさんがいなくなった時には随分と落ち込んで食事も喉を通らないほどだったのに」
「うわああああ!……それを言うなユメリアっ」
「あっはははは!よかったよ二人とも。相変わらずハティはユメリアの尻に敷かれてんだね?」
そんなハティの態度を逐一細かくチクチクと諫めるユメリアとの関係も相変わらず、数年前のまま。
ホント、二人は変わってなかった。




