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9話 アズリア、女将の主菜に舌鼓を打つ

 薔薇水で薄めたキビ酒は白く濁り、男らの話によると水で薄めると何故か白く濁るそれは「砂漠のミルク」と呼ばれているそうな。

 酒が満ちた杯を一気に飲み干していく。

 なるほど、花の香りが鼻に抜けていって……美味い料理で熱くなった身体の中の火照りを薔薇の香りが冷ましてくれるようだ。


 奥からアウロラが大きな皿を運んできた。どうやらこれが本日の主菜らしい。

 

「テーベ川で獲れたパーチっていう大きな川魚を塩を振って蒸したモノよ。それと……これから目の前で仕上げがあるからまだ食べちゃダメよ、アズリア」

「え?仕上げ?わかったけど……なんだろ?」


 アウロラの言った料理の仕上げを疑問に思っていると、一度厨房に戻った彼女が白い煙が上がった鍋を持ってまたこちらにやって来る。

 彼女が鍋に入った液体を蒸し上がった川魚の上に注ぐと、バチバチバチィ!と激しい音を立てて魚から何とも香ばしい匂いが上がる。


「どう?ビックリしてもらえたかな?」

「な、なんだいなんだい?今の音は!」

「ふふっ、今かけたのは熱した油よ。蒸した魚の上から油をかけると激しい音がして、魚の表面が揚げたみたいにカリッと香ばしくなるの」

「ほへぇ〜、見たことないやり方だけど……スゴいもんだねぇ」

「この調理法はね、油の音も楽しんでもらいたかったの。それじゃ召し上がってね、アズリア」

 

 アウロラから種明かしをしてもらったものの、目の前であんな激しい音を出す料理は初体験なので正直言って、魚にフォークを伸ばすのが躊躇われたがあれだけ彼女が自信たっぷりなのだ、美味くないわけがない。

 おそるおそるフォークで魚をすくうと、カリっとした皮目と対照的に、ホロリと柔らかくほぐれていく身を口に入れる。

 

「……こ、これは……ッッ!」

「どう?美味しいハズでしょ。何せこの料理は普通のお客には出さない特別なものなんだから」


 蒸した魚の身は程良く火が通り、パサパサでもなく生過ぎずしっとりと柔らかい絶妙な火の入れ具合で。しかも川魚特有の泥臭さが全くない。

 しかも油のかかった皮目は鱗までパリパリに香ばしく、香ばしさとしっとりの両方が一口で味わえる……まさに至福の味だった。


「でもねアズリア。この料理の真骨頂はまだなんだから。魚から染み出したそのスープを飲まずしてこの料理を語るべからず!なんだから」


 この身よりスープが美味しい?

 にわかに信じ難い話だが、騙されたと思ってスプーンで皿に溜まった汁をすくい口に運ぶ。


「ふあっ!……う、美味っ……これ美味すぎっ♡」


 汁を口に含んだ途端に広がる魚のいい部分だけを凝縮した美味さ。単純にこの汁のみを飲んでも美味いけど、蒸した身を一度この汁に浸してソース代わりにして食べてみた。

 本当にこれが塩しか使っていないのかと疑いたくなる複雑な味、身の甘さ、魚から染み出した汁の塩味と旨味、油の香ばしさと甘さ、全部が……もう言葉にならないくらい美味い。


「……ふぅ。いや、美味かったよアウロラ。こんな美味い料理が食べられるんなら、何度でも砂漠の王(アントリオン)と戦ってもアタシはいいねー」


 出された四品を腹に収めたアズリアの表情はこれ以上ないくらいに緩みきっていた。それだけでいかにアウロラの料理が美味しかったのかが推察出来てしまうのだが。

 ……しかしアウロラはまだ切り札を隠していた。


「ねぇアズリア。甘いものは好き?」

「実は大好きなんだよねぇ……ってもしかして?」

「うふふ、用意してるわよー」


 用意されたのは、油で揚げた半円形の生地が二つ。その上から蜜がたっぷりかかっていて、食べる前から甘い香りがする。

 生地の中に何かを入れているのは想像出来るが、それは食べてみないとわからない。


「カダイフっていうの。これは別に特別な料理ってわけじゃないけど、アズリアが甘い菓子が好きなら気に入ってもらえると思うわ」

「……お菓子」

「蜜も砂漠(こっち)だと蜂の(みつ)からじゃなくて、蜜蟻(ハニカムアント)って特別な虫から採った蜜になるから、もしかしたら口に合わないかもしれないけど」


 アウロラの説明の通り、大陸では蜂蜜を始めとする自然にあるモノから、甘味の強い果物の汁をカラカラに煮詰めて保存が効くようにしたモノを用いて甘くした料理を「菓子」と呼ぶのだが。


 いつぶりだろう……甘い菓子なんて。


 保存食で干した果物を扱うこともあるが、基本的に黒パンや干し肉。肉や魚は狩りや釣りでどうにでも手に入るが、果物なんて砂漠ではもはや貴重品……つまり何が言いたいのかというと、


「アタシは今、非常に甘味に飢えているッ!」

「そ、そうなんだ。じゃあ是非とも食べてもらわなくっちゃね」

 

 ……おお、心の声が思わず口に出てしまった。


 蜜がかかった揚げ物を、もう辛抱堪らず手掴みで豪快にがぶりついていった。蜜が絡んで甘くサクサクと口の中で崩れる生地の中身は……発酵乳(ヨウルト)

 なるほど、同じ酸味のある発酵乳も蜜と混ざって甘酸っぱくなると料理の最後を締め括るにはもってこい、の美味さになる。

 

「……アタシさ、もうずっとアウロラの宿に泊まっててもいいかなぁ……」

「ふふっ、アズリアのその様子だと満足してくれたみたいでよかったわ。御粗末さまでした」

 

 勢いのままにカダイフを完食し。

 美味さの余韻に浸りながら、また心の声を漏らすアズリアであった。

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