99話 アズリア、精霊の魔法講座を受ける
勝手に落ち込んでるヘイゼルは放置しておき、アタシは水の精霊から身体強化魔法の説明を受ける。
はず、だったのだが。
「……えーと、アズちゃん?この……頭を抱えてるお仲間さんは放置しておいても……いいのかしら?」
そんな水の精霊は、というと。
新しく見たであろうヘイゼルが座り込んでブツブツと呟いている姿を指差しながら、どうやらそちらが気になり魔法の説明を始められずにいたようだ。
だがアタシは、そんなヘイゼルの慰めよりも。
溢れる魔法への知識欲を優先することにした。
「ああ、この女のことは気にしないで構わないよ。元々は……無理やり押し掛けてきた招かれざる相手なんだしねぇ」
そう、ヘイゼルは「ユーノの正体を誰かに話す」とアタシを半ば脅迫し、この船へと乗り込んだ経緯がある。
そんな事情を知らない水の精霊は、ヘイゼルをハティやユメリア、それに今アタシの隣にいるユーノと同列に並べているようだが。
それはさすがに心外と思えた。
「よしよし、ヘイゼルちゃん」
気が付けば隣にいたユーノがいつの間にか、座り込んで俯くヘイゼルの頭を撫でてやっていた。
ヘイゼルの呼び方が「ちゃん」付けに変わっていた。多分あれは、当初この船に乗り込んでくる際にアタシをやり込めた人間としてユーノも一目置いていたのだろうが。
今のやり取りで、ユーノの中でヘイゼルへの格付けが下がった証拠なのだろう。
「……はぁ、さすがはアズちゃんの周りに集まってくるだけあって、一筋縄ではいかない……といったところかしらぁ〜……」
「……い、いや。そう納得されるのも心外だけどねぇ」
アタシの説明に加えて、そんな三者三様を見た水の精霊は諦めたような溜め息を一つ吐いて。
どうやら心機一転、ユーノを含めた獣人族が得意とする「攻撃魔法を纏わせ自身を強化する戦技」の説明を再開してくれる様子だ。
「さて、と。じゃあ説明を続けるわねえ。まずはお姉さんの右手を見てて頂戴ね……えいっ!」
言われた通りに、水の精霊がアタシへと伸ばした右腕に集中して見ていると。
その右腕のあちこちが、まばらに光り始めた。
しかもその光は強さや大きさが箇所によってバラつきがあり、不安定だったりする。
「見た?見たわねアズちゃん?……それじゃ今度は左手をご覧あれ、よ────ん、んんんんんっ!」
右腕の時とは明らかに違う集中の度合い。
すると、水の精霊の左腕も右腕と同じように光り出すが、その光の度合いが右腕のようにまばらではなく左腕全体が光り輝いていたのだ。
しかも光の強さも箇所によって違いが見られず、左腕が満遍なく光に覆われていた。
光る左右の腕を見て、アタシはふと理解する。
「もしかしてコレって……アタシにも一目で分かるように魔力を視えるようにして……くれてる、とかかい?」
「うふふ、さすがはアズちゃん。正解よお〜」
水の精霊と出会ったメルーナ砂漠での時点でのアタシは確かに魔力の強さや流れなどを雰囲気で察するのが限界だったが。
実はコーデリア島に召喚されたアタシは、老魔族から連日特訓を受けて、魔力の流れを可視化出来る「魔視」の方法を学んでいたのだ。
……だが、それは口にしないでおくことにする。
「もうアズちゃんは理解してるかもだけど、お姉さんが説明してあげるわねえ〜」
水の精霊の少し自慢気に説明してくれているその表情を見ると、わざわざ魔力を可視化してくれたのを無碍にすればどうなるか。
みるみる不機嫌になって、また魔法の説明が止まってしまうだろうことが想像出来たからだ。
さて、水の精霊の説明は続く。
「右手はよく使われてる身体強化魔法の魔力の流れで、対して左手は獣人族の特殊な魔力の使い方よお〜」
アタシも今まで身体強化魔法を使った相手の魔力の流れを視たことがなかったのだが。
満遍なく魔力が循環している左腕と比較すると、右腕の魔力を喩えるなら……魔力を強化したい箇所に乱暴に突き刺したようなモノなのだ。
しかも一度強化した後の魔力制御などはしていないためか、右腕の光はアタシがそうこう見ているうちに霧散してしまった。
「こうやってあらためて魔力の流れを見せられると、身体強化魔法ってヤツは意外と雑な魔力操作だったんだねぇ……そりゃトールなんかが頻繁に使えるくらいだし当然ちゃ当然か」
ちなみにトールというのは、ホルハイム戦役で南部の都市を解放するため一緒に戦った「雷剣傭兵団」の団長であり、アタシが傭兵時代に世話になった人間でもある。
そんな傭兵である彼が得意としていたのが「筋力上昇」による力押しだったから、つい思い出してしまったのだ。
さて、右腕の魔力は消えてしまったが。
左腕の光は相変わらず最初から強さを変えることなく、左腕全体が魔力で包み込まれたままだった。
左腕の魔力がいかに効果が高く、かつ高度な制御術式や魔力操作が必要なのかは一目瞭然なのだが……そこでアタシは一つの疑問が生じる。
「いや水の精霊、アタシも目の前でユーノの戦いぶりを見たんだ。この戦技が筋力上昇なんかより強力なのは理解出来てんだ……問題は、何で獣人族がこんな複雑な制御や操作が出来るのかって────あ」
その疑問とは。
どちらかと言えば感情の赴くままに拳を振るうユーノが、そこまで複雑な事を考えながら「鉄拳戦態」を使っているとは到底思えない、ということだった。
これが魔王様なら、ああ見えて意外に周囲の関係などに苦労しているようだから何となく理解はしてやれるのだが。
だがアタシは、その疑念を水の精霊に口にしてぶつけているうちに、勝手に頭がその疑問の答えを導き出してしまう。
「だから……獣人族は精霊を強く信奉している……それって、そういうコトだったのかよ……」
「うふふ〜聡明なアズちゃんはお姉さんが答えを言う前に気付いちゃったみたいねえ〜偉いわあ〜」
五柱の神に仕える聖職者らが使う「神聖魔法」と分類される魔法の一種は、神を信奉する信仰心によって通常の魔法とは違い12の属性を帯びず、代わりに神聖力を帯びた魔法効果を行使することが出来るのだが。
魔王様やユーノなど獣人族が使うあの戦技は、精霊を信奉する信仰心が生み出した、神聖魔法に限りなく近しいものなのではないか、と。
そう結論を導き出したアタシの頭をぎゅっと自分の胸に抱き寄せ、髪を優しく撫でてくれる水の精霊に。
アタシは照れ臭くなって離れようと、何とか抱き寄せる腕を振り解こうと試みるが。
「ちょ?……ちょっと待てって水の精霊ッ、は、恥ずかしいからやめッ、やめろって?」
「うふふ、な〜に言ってるのおアズちゃん?……お姉さんだってアズちゃんが何処にいったのか必死で探して、探して探して探して探して……ようやく見つけたんだからあ、もう離さないわよお……うふふふふふっ」
アタシは思い出す。
アタシの頭に絡めた水の精霊の左腕は、アタシへの説明のために魔力で強化されていたことを。
しかもあの背筋が凍りつくような笑い声を上げながら。
「────うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」




