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95話 アズリア、向かうべき船の針路

 それは、レーヴェンを海賊の襲撃から救出した後に大きな商船をたった三人で操縦していた時のことだった。

 この時と同じく、見張り役だったユーノが今回よりも離れた距離で目撃した存在、それが。


「────海の、(ヌシ)……」


 レーヴェンの話によれば、貿易商や船乗りの間で目撃されていた「海の(ヌシ)」と呼ばれる、一説には巨大に成長した海竜(シードラゴン)とも噂されている正体不明のモノであった。

 確かにアタシらはこの存在に遭遇し、戦うか逃げるかの二択を船の持ち主たるレーヴェンに委ね、彼はその場から離れる決断を下したのだ。


「でも、いっちゃったね……うみのぬし」


 すっかり船の甲板(かんぱん)からは、先程まで見えていた黒い影は少し白じんてきた夜の空の彼方に消えていってしまう。

 影が動くのに連動し、大きく波立ち荒れていた海もすっかり港を出た時と同じく穏やかな波に戻っていった。


「だけど……あの方角はモーベルムじゃないが、確かあの先にゃ────」


 そんな中、揺れが完全に収まった船の甲板(かんぱん)上に、懐から紐で丸められた羊皮紙(ペルガーナ)を突然広げてみせるヘイゼル。

 その羊皮紙(ペルガーナ)とはどうやら地図のようだった。おそらくはモーベルムを含むこの付近の海域の地形や特徴を記してあるのだろう。

 正確に地形などを図面で描いた地図は、それだけで貴重な財産でもあり。だからこそヘイゼルは方角を示す指南魚(ノトス・ピスケス)とともに常に懐に持ち歩いていたのだろう。


 それだけでこの女(ヘイゼル)の抜け目のない性格が理解出来るというものだ。


 甲板(かんぱん)に座ってその地図を指でなぞり、並々と水を張った平たい木桶に浮かべた指南魚(ノトス・ピスケス)と地図を何度も見比べている様子を、アタシとユーノは黙って見ていたのだが。

 場の沈黙に耐え切れなくなったユーノが、そんなヘイゼルへと声を掛ける。


「ねぇ、ヘイゼル……お姉ちゃん?えっと……さっきからいったいなにをしてるの?」

「あ?ああ、ちょっとね……アンタらが海の(ヌシ)だと言ったあの黒い影の行き先が気になってねえ……」


 ヘイゼルは声を掛けたユーノへと振り返りはしないものの、地図に指を這わせながら自分が何をしているのかという質問には答えてくれた。

 確かに言われてみれば、あの黒い影が何処へ向かっているのかは興味がある。

 

 アタシは彼女(ヘイゼル)の背中越しに広げた地図を見て、モーベルム近郊の陸地の配置なんかを記憶すると同時に。

 常に南の方角を指し示すという指南魚(ノトス・ピスケス)の口先をアタシも見ながら、ヘイゼルの作業から黒い影の進路を推察していく。


 ────やがて。

 アタシは、彼女(ヘイゼル)と同時に地図上のとある島を指差していく。


「ヘイゼル。多分……この島があの影の目的地だ、間違いない」

「へえ、そういやアンタは旅を繰り返してたんだっけ……それなら方角から地図を読み取ることは出来てもおかしくないか」

「でだ、ヘイゼル。地図は読めてもアタシゃこの付近は詳しくない、この島は一体……」


 方角や距離を目視から推測し、地図を読み取るのは一定以上の教養と経験が必要とされ、一般の住人には難しい。

 アタシを凄腕ながら流れの傭兵だと思っていたヘイゼルは、自分が持つ地図をアタシが読み取り、同じ結論に到達したことに驚きの声を漏らす。

 

 だが、これでもアタシは「世界中に散らばる魔術文(ルーン)字を探求する」ために、様々な文献や書籍を読み(あさ)る程度の教養は持ち合わせているのだ。

 方角さえ分かれば、地図を読み解くことなど雑作もない。


 それよりも、指し示した島とは一体。


 幸いにも海の(ヌシ)と推察される黒い影はモーベルムには向かっていないようだったが、その島にモーベルムと同規模の都市(まち)があるのであれば大事(おおごと)だ。

 そんな懸念に、ヘイゼルは眉間に(しわ)を寄せた深刻そうな表情を浮かべながら。


「ここは、アダマン島……この国(コルチェスター)の王都ノイエシュタットがある場所だよ」


 ヘイゼルの言葉に、一度は安堵したアタシに再び懸念が復活してくる。

 ユーノも何となく、アタシら二人の不穏な空気を察したのか、あわあわと落ち着きを失っていきアタシへと訊ねてきた。


「え?え?……ね、ねえお姉ちゃんっ、おうとって、さっきボクたちがいたまちよりおっきいの?」

「ああ、ユーノ。モーベルムよりずっと大きな都市(まち)だろうねぇ、きっと」

「そんなまちに、あんなおっきいぬしがむかったら……きっとまちなんてめちゃくちゃになっちゃう、たいへんだよお姉ちゃんっっっ⁉︎」


 そう、大変な事態になるのは間違いない。


 海の(ヌシ)の正体が分からない、とはいえ。あれだけ離れた場所のアタシらの船ですら大きな波で(あお)られる始末だ。王都ということは「大陸最強」と名高いコルチェスター海軍も数多く配置されているだろうが。

 一体、どれだけの被害が出るのか……想像が出来ない。


 アタシは早速舵(かじ)を握り、乗っていた船を大きく旋回させてモーベルムへと引き返す針路を取ろうとする。

 つい昨晩レーヴェンから、アタシも関わる一連の出来事を報告するために王都ノイエシュタットへ向かう話を切り出されたのを思い出したからだ。


「……待てよ、アズリアっ」


 だが、アタシが(かじ)を切ろうとする反対側を掴んだヘイゼルが、モーベルムへの帰還を邪魔してくるのだ。


「離せよヘイゼル、モーベルムに戻れないだろ」

「戻さないためにやってるからね……この手を離せるわけないだろ」


 ヘイゼルの思惑としては、賞金首として広く知られてしまったこの国(コルチェスター)を離れた場所で再起を図る予定だったので。

 このままモーベルムに戻られては何かと都合が悪いのだ。

 

「何か起きるたびにアンタが一々首を突っ込む必要なんてない。そもそもアンタにゃ旅の目的があるんじゃないのかいっ?」

「アタシの……旅の……目的か」


 確かにアタシは、レーヴェンの誘いを断った。

 これ以上、レーヴェンと繋がり続ければこの国(コルチェスター)の貴族や有力者と関わりが深くなってしまい、またひと騒動巻き込まれてしまうと踏んだからだ。

 そしてもう一つ、現段階ではこの国(コルチェスター)で魔術文(ルーン)字の噂を聞かなかったからだ。


 人が近づかないストロンボリ火山や湿地帯。

 そして、剣匠卿(ソーディアス)の持っていた魔剣など。


 怪しい、と思った地域や物品は調べてみたのだが、やはり魔術文(ルーン)字の痕跡や手掛かりの一つも見つける事は叶わなかった。

 一つだけ気掛かりなことは、レーヴェンに誘われた夕食会の最中に襲撃してきた二人の冒険者(ザイオンとベルンガー)が見せた、あの黒い変貌だが。

 

 あの黒い偽神(セドリック)が、魔術文(ルーン)字と関与がないのはコーデリア島で判明しているので、積極的に首を突っ込む事案でもないのだ。


 ヘイゼルが(かじ)から手を離さずに、アタシの心変わりを何とか説得しようと言葉を続ける。


「な?……それに、確かにアンタは軍艦一隻を一撃で真っ二つにする実力(ちから)の持ち主かもしれないけど……この国(コルチェスター)にゃ大陸最強と名高い海軍があるんだ、だからさ、な?」



 そんなヘイゼルの言葉にアタシは────

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