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85話 アズリア、魚の真価を知る

 顔の汚れを拭き終えたファニーが、言葉を残して自分の席へと戻っていくと。

 全員の着席と準備が整ったのを待って、給仕が待ちに待った次の皿を運んできたのだった。


「本当にお待たせいたしました。こちらは鎧魚(アイアンバス)葡萄酒煮(アクアパッツァ)となります」


 アタシの前に置かれた料理の皿に盛られたのは。

 芳しい湯気を発しながら、臓物(はらわた)を抜かれた立派な魚が丸々一尾調理された姿だった。

 表面には軽く焦げ目がついていながら、底が深めの皿には汁が注がれていたので焼かれて調理されたのか、もしくは煮る調理がされたのか見当も付かない。


「……うわあ……さかなだぁ、いやだなぁ……」


 だが、その料理を見て明らかに拒否反応を示していたのがユーノであった。


 ユーノが魚を「嫌だ」というのも無理はない。


 何しろ、アタシと一緒にコーデリア島を出発するまでの間、隣接した神聖帝国(グランネリア)との抗争や「大地の宝珠(クリスタル)」の魔力が封印されていたりといった様々な要因から慢性的食糧に(おちい)っていたためか。

 ほぼ毎日のように住人が河川や海で釣り上げた魚を食し、さらに船の上で揺られていた間もずっと魚を焼いて食べてきたのだ。

 ユーノだけでなくアタシも正直、魚には食傷気味であった。

 

 しかしアタシは、料理を紹介してくれた給仕の男へ一つばかり聞きたい質問が出来たので、その質問を訊ねてみた。


「あのさ……アタシは大陸を色々旅して回ってたんだけどさぁ……鎧魚(アイアンバス)を食べる、ってのは初めて聞くよ」

「はい。普通ならあの硬い鱗に手間取ってしまい食べようとはしないモノですが」


 アタシも鎧魚(アイアンバス)は知っているが。

 細かな鱗に覆われている普通の魚と違い、この魚は鱗ではなく泥蟹(クラブ)海蝦(シュリンプ)と同じく硬い表皮に覆われている珍しい魚なのだ。

 なので、普通の魚のようにそのまま焼いたり煮たりといった調理法が使えず、酒場や料理店などでも調理を敬遠される魚だったりする。

 

 かく言うアタシも、旅の最中にもし鎧魚(アイアンバス)が釣れたとしたら、調理せずに針から外して逃がすか、食べずに埋めてしまう。

 そんな魚がこの鎧魚(アイアンバス)なのだが。


「それについては、料理長(コック)から皆様にお詫びを兼ねて説明をしたいと」


 すると、厨房(キッチン)の奥から最初に挨拶をしてきた料理長(コック)が現れる。

 その手には(なた)と見間違えるばかりの立派な調理用の包丁が握られていた。


「……いや、お恥ずかしながら。実は鎧魚(アイアンバス)の硬い表皮を割るために特注した包丁(こいつ)が調理中に破損してしまいましてね」

「それで料理の提供が遅れた、というわけなのだねダ・シルバ料理長?」

「ええ、この包丁(コレ)がないとレーヴェンさんお気に入りの葡萄酒煮(アクアパッツァ)が提供出来ないもので、急遽鍛冶屋と武器屋を回って何とか応急処置を施してもらったわけです」


 レーヴェンがダ・シルバと呼んだ料理長(コック)が持つ通常の包丁とは違い、刃が厚い専用の包丁を使えば、なるほど鎧魚(アイアンバス)の硬い表皮を割り調理が可能なのかもしれないが。


「でも、専用の包丁を用意してまで食べないといけないモノなのかい?……この街(モーベルム)は海に接した都市(まち)だ、他にも色々食える魚があるだろうに」

「それは是非、一口食べていただければ」


 アタシが口にした疑問に、料理長(ダ・シルバ)は多くを答えずただ食卓(テーブル)に提供された料理の皿を勧めてくるのみだった。

 それほどに美味なのか、魚の味や食感などに少々食傷気味のアタシは魚の白い身に三尖匙(フォーク)を入れ。


「……初めての鎧魚(アイアンバス)、さっそく」


 焼き魚とは違い、柔らかく解れた身を食匙(スプーン)に乗せ、皿に溜まった汁ごと口に入れ。


 途端に口の中に襲い掛かる美味に。

 アタシは思わず席を立ち上がり驚いてしまう。


 ぷるぷると口の中で震えながら柔らかく(ほぐ)れていく身の繊細な食感と。

 それとは真逆に、きれいな白い身肉から想像も出来ない濃い強烈な旨味の中に舌をピリリと刺激する何かがアタシの口を楽しませてくれる。

 そして、この一緒に匙ですくった煮汁の香りは。


「コイツは……さっき飲んだ白葡萄酒(ワイン)、もしかしてこの魚は一度焼いてから、あの葡萄酒(ワイン)で煮込んだのかいッ?」

「ええ、焼いた鎧魚(アイアンバス)葡萄酒(ワイン)で煮込むと、魚の臭みが飛んで焼き目をつけた香ばしさと芳醇(ほうじゅん)葡萄酒(ワイン)の香りが活きるのですよ」


 そう、アタシの鼻をくすぐる香りは。先程冷やして飲んだあの白葡萄酒(ワイン)のモノだったのだ。


 身に付けた僅かな焦げ目からの香ばしさと、汁から漂ってくる葡萄酒(ワイン)の香気が一体となって魚特有の生臭さや海臭さが全くしない。

 ただただ食欲を増す香りのみしか、アタシの鼻には感じないのだ。

 

 しかもこの煮汁にも鎧魚(アイアンバス)の旨味が溶け込んでいて、一緒に口にすると身の旨さと渾然一体となって。

 最初に出された大海蝦(ロブスター)の塩焼きも驚くべき美味だったが、それと同等かそれ以上に────美味かったのだ。

 

 この料理を味わった後ならば、料理長(ダ・シルバ)がわざわざ専用の調理包丁を作ってまで誰にも見向きもされなかった鎧魚(アイアンバス)を調理する理由が理解出来る。


「────ユーノ。コイツはアタシらが食べて嫌になってた魚とは全然違うよ、食べてごらん?」

「……うぅぅ、お姉ちゃんがそこまでいうならひとくちだけたべてみるよっ」


 魚の味に食傷を示し、提供された鎧魚(アイアンバス)葡萄酒煮(アクアパッツァ)に一切手を付けず、顔すら背けていたユーノへアタシが料理を一口だけでもと勧めていくと。

 アタシが美味しそうに食べる様子が気になっていたのか、湯気が上がる魚を手掴みというわけにはいかないので不器用に食匙(スプーン)を握りながら。


「でもでも……さかなでしょ、おいしいのかな……あーんっ」


 魚の身を匙ですくい、白い身を口に入れていくユーノ。

 すると嫌々といったユーノの表情、その目がパチリと見開かれ、みるみるうちに喜びの顔へと緩んでいくのがわかる。

 口に入れた魚の身をゴクリと喉を鳴らし飲み込んでいくと、ハァ……と深く息を吐いて。


「……うそだよ、これ、ほんとにおさかななのっ?」

  

 そう一言、口にすると。

 食匙(スプーン)を動かして、皿に盛られた鎧魚(アイアンバス)の身をほじくり返して次々に口へと運んでいく。


 ユーノの反応を見て、この葡萄酒煮(アクアパッツァ)を提供した料理長(ダ・シルバ)と料理を勧めていたレーヴェンの二人が、実に嬉しそうな満面の笑みを浮かべていたのが実に印象的だった。

ちなみに余談ですが。

今回、食材として登場させた「鎧魚(アイアンバス)」ですが。

現代的な魚類ではなく、古代魚であるディニクティスやダンクレオステウスという頭部に外骨格を持つ、所謂(いわゆる)甲冑(かっちゅう)魚」を小型にした種類です。

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