82話 アズリア、慣れない服装に戸惑う
まさかその残滓、いや……もしかしからあの時アタシらが倒した偽りの神のほうこそ本体ではなかったのかもしれない。
「さて、礼装服はともかくとして……アタシの手持ちにゃ愛用の得物はない、どうしようかねぇ……?」
すっかり全身の肌が光沢ある漆黒に塗り替えられたザイオンとベルンガー、二人の変貌した姿を睨み付けながら。
元々の二人の実力からアディーナや女勇者ほど凶悪な存在にはなり得ないだろうが。
それでもこの場で対峙するには、変貌した二人は充分過ぎる脅威になり得るだろうことを想像し。
……アタシはゴクリと喉を鳴らし、唾を飲み込む。
そんな躊躇を見せ、脚を止めたアタシとユーノの二人へ向けて。
黒く変貌した男らは、顎が外れるかと思う程に大きく口を開けると、口中に魔力が集中していくのをアタシの「魔視」が捉えた直後。
「────来るよッ、ユーノ!」
「わかってるっ!」
危機を直感したアタシとユーノがそれぞれ真横へと飛び退くと同時に。
先程までアタシらが立っていた石畳に向けて、大きく開いた口から吐かれた黒い炎のような吐息が放たれる。
炎のよう、と喩えたが。あれは多分偽りの神の力の根源である瘴気を吐き出した、暗黒魔術の一種なのだろう。
「はは……どうやら、手を抜いて無事で済む相手じゃなさそうだねぇ……」
何とか間一髪で、迫る吐息を回避することが出来たが。吐息が撫でた石畳……その表面が泡立ち、白い煙を上げて崩れていくのを見て。
あんなモノが当たれば、礼装服もだが身体だって無事では済まないのを、アタシは充分過ぎるほどに理解した。
アタシは横に跳び、慣れない服装のせいか崩れてしまった体勢を即座に立て直していく。
脚を覆い隠すほどの大きな礼装服の裾を捲り、何とか脚を動かせるものの。
礼装服特有のひらひらとした装飾がやたらと気になってしまい、動きにくいことこの上ない。
アタシは思わず愚痴を口にしながら、黒く変貌した二人、いや二体へと向き直る。
「……くそッ、やっぱこの礼装服ってヤツは相当動きにくいねぇ、って……あれ、アイツらは?」
だが、アタシの視界の先に瘴気の吐息を放った筈の二体がなかったことに焦り、あの連中を探そうと視線を泳がせてしまう。
そんなアタシの様子を見かねたのだろう、ユーノが警告の声を発する。
「お姉ちゃんっ、うえだよっ!……あいつら、うえにとんでボクたちをねらってるっ!」
その声のままに、アタシは夜空を見上げるように視線を頭上へと向けると。
ユーノの言う通り、変貌した男二体は大きく真上に跳躍し、両手を広げて黒い爪を伸ばしてアタシへと襲い掛かってきていたのだ。
やはり、反応が遅れたのが致命的であった。
真上を取られ、ここまで距離を縮められていると先程のように大きく飛び退き、攻撃を回避するわけにはいかない。
こちらが体勢を整える前に二撃目が飛んでくるこらだ。
最善策は、爪撃が身体を掠めるギリギリのところで最小限の動作で躱し、相手にワザと距離を取らせる目的での反撃をするしかない。
頭を叩き割ろうと振り下ろされた漆黒の爪撃。
その爪と腕には、先程の吐息と同じく瘴気を纏わせてあり。
直撃すれば人の骨くらいは軽く粉砕されてしまう。
「────ぐぅッ!」
その爪撃を眼前まで引き付けてから、ギリギリの距離で頭を傾けて攻撃を躱すが。
少し伸びていたアタシの後ろ髪が、瘴気を掠めて、ジュゥゥ……と嫌な音と焦げた匂いを漂わせ、灰となり夜闇に消え失せていく。
あの爪撃が肌を掠めたらどうなっていたかを想像し、アタシの額から頬に冷たい汗が流れ落ちる。
だが、ここはギリギリ回避出来たのだ。
アタシは身体を捻り、右眼の魔術文字へと魔力を送り込み全身の筋肉を活性化させると。
重なる程に接敵した男の頭へと、礼装服を捲り上げ剥き出しにした脚で、身体を回転させ勢いを増した蹴りを放つ。
回避のため大きく飛び退いて、一度間合いを離してくれればよかったのだが。
アタシの蹴りは男の頭を直撃し、そのまま真横にあった屋敷と通りを仕切る石壁へと激突する。
だが、アタシはここで大きな誤算をしていたことに気付くのだった。
襲い掛かってきた対象は二体だが。
アタシが回避した攻撃は一撃のみ。
当然ながら、今爪撃を直撃寸前で回避したその背後からは、同じくアタシを攻撃対象として瘴気の爪を振り下ろすもう一体が待ち構えていたのだ。
「────しまッ……?」
蹴りまで放った今のアタシでは絶対に避けられない。
ならばせめて、と両腕に筋力増強の効果を集中させ、爪撃による負傷を最小限に抑えようと頭の前で腕を交差させて身構える……のだが。
「……お姉ちゃんはボクがやらせないよっっ!」
男のさらに真上からユーノの声がしたのだ。
連中がアタシのみを狙っている、と攻撃の軌道や殺気の気配から読み切った彼女は、連中の頭上と背後を取るために。
隙を狙い、奴らよりも高く跳躍していたのだ。
そんな上空高く舞うユーノの両腕には、いつの間にやら礼装服の上から黒鉄の巨大な籠手が装着されていた。
ユーノの「鉄拳戦態」である。
まるで巨大な鉄巨人を連想させるその両拳を組み、そのまま真下に位置する男へと振り下ろしていくと。
いまだユーノに気付いていない男は、振り下ろされた両拳の一撃をまともに頭に喰らい。
アタシの足元へと叩き落とされ、石畳には男の頭が無様にめり込んでしまっていた。
「……だいじょうぶだった、お姉ちゃんっ?」
「ああ、おかげで助かったよユーノッ」
「お姉ちゃんっ……えへへっ」
そのままアタシの横に着地したユーノに、窮地を救ってくれた感謝の言葉をかけると。
戦闘中に感覚を鋭くするために立てていた頭の獣耳をフニャリと寝かせ、表情を緩めて嬉しそうな顔をこちらへと向ける。
「ただの暗殺者程度だったらなるべく穏便に済ませようと思ってたんだけどねぇ……少しばかり舐めてたよ」
アタシは、さすがに今は短剣を持ち合わせていないので。
自分の指の腹に歯を当て敢えて噛み傷を作り、指から血を滲ませて準備を整えると。
「だけどねぇ、店の中じゃレーヴェンたちと御馳走が待ってるんだ。だから……とっとと決着を付けるよ」
そう言葉を続けながら、指に滲む血で空いた手のひらに魔術文字を描き込んでいく。




