77話 アズリア、領主と言葉を交わす
娼館を取り囲んだ衛兵、それに領主お付きの騎士らはユーノとエルザ、それにアタシらによって昏倒していた冒険者と。
両腕を砕かれ、抵抗する気力など残っていなかったドレイクを確保し、衛兵の詰め所へと連行していく。
もちろん騎士や衛兵は、娼館で大暴れしたアタシら五人も同じように連行しようと、両手を麻縄で拘束しようとする。
一応、レーヴェンからはどれだけ騒ぎを大きくしても尻拭いはしてもらえる口約束は交わしてあったので、今は抵抗せずにいようと手首を出すが。
「……ああ、衛兵らよ。この連中はよいのだ」
衛兵らを制したのは、騎士らと同じように馬に騎乗してこの場所へとわざわざ駆け付けた、領主のカスバスその人であった。
「よろしいのですかカスバル様、報告によればこの者らが娼館で暴れた張本人で間違いないかと……」
「いや、今回はルビーノ商会に獣人売買の疑いがあるということでな、この連中に内密に依頼をしていたのだ」
「……そ、そうでしたか。それはご苦労様でした!」
カスバルの機転を効かせた説明によって、アタシらを拘束しようとした衛兵らも納得し、一度は手首に巻いた麻縄を解いてくれる。
ドレイクと奴に従う冒険者らを連行するため。
そして、地下に残してきたカサンドラとファニーによって救出された獣人族を一時的に保護するため、衛兵らはこの場にカスバルと護衛の騎士のみを残し、詰め所へと引き揚げていく。
そんなカスバルが、呆れたような口調でアタシへと声を掛ける。
「やれやれ……まさか昨日の今日でもう約束通り、あの剣匠卿を倒してしまうとは、な」
「まあ、確かに……アタシももう少し時間をかけて、商会の背後から引っ張り出す予定だったんだけどねぇ」
アタシはカスバルに、ルビーノ商会の内情を探るために素性を隠してドレイクに雇われ、あろう事か旅の相棒であるユーノを誘拐するよう依頼を受け。
その任務の最中に、こちらの後を尾行してきた剣匠卿と戦うことになり。その戦闘で相手の右腕と魔剣を破壊したことを説明すると。
カスバルは額に手を当てながら何度も首を横に振りながら、呆れたように溜め息を吐き。
「……レーヴェンから、その背中の剣の一撃で海賊船を破壊した話を聞いた時は、何を馬鹿な話をしてくれるのかと思ったが……今なら、その話を少しは信じたくもなるというモノだ……はぁ」
あの時は、戻ってこられた海賊団に再起させまいと、筋力増強の魔術文字を重ね掛けして。
敵側の海賊船、その旗艦をこの大剣の一撃で真っ二つに両断してみせたのだったが。
今思えば、そんなド派手なことをしなくても船底に大穴を空けるだけで良かったことに気付き、思い返すたびに頭を抱えて後悔していたのだ。
「……と、とにかくだッ!」
気を取り直してアタシは、信じられないモノを見るような視線をこちらへ向けるカスバルの胸板を指差しながら。
「アタシは約束を守ったんだからね。アンタも領主としてレーヴェンの後ろ盾になる約束はしっかりと守ってもらうよ?」
「もちろんだ。お前さんが剣匠卿を倒したのならば、私もレーヴェンとの……親友との約束を守らんわけにはいくまい」
そう答えるカスバルは、確かに領主に相応しい威厳を滲ませていたように。
少なくともアタシは感じたのだ。
そんな話をしていたアタシとカスバルの元へ、地下から捕まっていた獣人族を連れ出していたカサンドラとファニー。
「おぉいアズリアっ!……地下に閉じ込められていた獣人族たちは、これで全員助け出せたぞ」
「ぶぅ……いきなりアズリアが姿を消すから、こっちは二人で大変だった」
そしてドレイクと冒険者ら相手に大暴れしてみせたユーノも合流してくる。
「ん?……おいユーノ、エルザは一緒じゃなかったのかい?」
「え、あれ?さっきまでいっしょだったのに?」
だが、その隣には共闘していたはずのエルザの姿が見えないのをユーノに指摘したところ。ユーノもエルザが隣か後ろを歩いているものだと思い込んでいたらしく。
アタシとユーノが互いに顔を見合わせ、娼館の中に戻ると、一階の酒場の床に倒れているエルザを発見したのだ。
「え、え、エルザちゃんどうしたのっ?」
「おいッエルザ!……大丈夫か!」
慌てふためくユーノをよそに、アタシは倒れていたエルザに駆け寄っていき、身体のあちこちを触れて外傷がないかを確認する。
手のひらで触れた限りでは血が流れるほどの深い傷を負った様子も、手足の骨なども無事のようだ。
だが、触れたエルザの身体が異常に熱く。
まるで熱病に侵されたように彼女の息が荒い。
「……もしや、コイツは────やっぱりだ」
アタシは老魔族に学んだ、魔力の流れや強さを視覚で捉えることが出来る「魔視」を使い、エルザの体内に巡る魔力を確認すると。
思った通り、エルザの魔力は枯渇しかけていた。
……だが、アタシは不思議でならなかったのだ。
娼館を襲撃する前のエルザは決して魔力を消耗していた状態ではなかった筈だし。彼女が自身の魔力が尽きかける程の強大な魔法を行使出来るとは思っていなかったからだ。
「……なあユーノ、エルザがこうなったのも心当たりが──」
一緒に戦っていたユーノなら、エルザの変調を何か知っているかもしれないと思い。
その事を訊ねようとユーノへ振り向くと、明らかに彼女はアタシから視線を逸らしていたのだ。
「────なあ、何したんだい、ユーノ」
「えっと……いってもおこらない?……お姉ちゃんっ?」
このやり取りだけで、原因がユーノなのはほぼ確定なのだが。
エルザが魔力が枯渇した原因を知るためにも、大きな声を出したくなる衝動を抑え込んでアタシはユーノに優しく話しかけていく。
「あ、ああ……怒らない、怒らないから。ゆ、ユーノ?エルザに何をしたのか、正直に話してくれないかねぇ?」
「……う、うん、えっとね──」
アタシが精一杯浮かべた作り笑いに、すっかり騙され安心したユーノは。
魔王リュカオーンや彼女が得意としている、あの攻撃魔法の威力をそのまま全身に纏わせ、身体能力を飛躍的に上昇させるあの戦技をエルザに伝授したのだという。
……一つ、重大な問題を残したまま。
「あのねあのねっ、ボク……まりょくのとめかたをおしえてなかったんだよおっ……ごめんねえエルザちゃああああん!」
つまりは、攻撃魔法の魔力を身体に巡らせたまでは良かったのだが。
発動した能力を停止する術を知らなかったエルザは、身体に纏わせた魔力の維持に全てを使い果たしてしまった、というのが真相らしい。
「やれやれ……まあ、深傷を負ったんじゃないとわかって何よりだよ」
「ごめんねええ!ごめんねえぇぇエルザちゃぁぁぁあんっ!」
ユーノは意識が朦朧としているエルザの身体にしがみついて、泣きながら謝罪の言葉を繰り返すのだった。




